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花盛り朗読




ニチリョクの朗読教室

Posted by 小林大輔 on 13.2019 日記 0 コメントを投稿
この所、ニチリョクの朗読教室は、赤坂見附に移り、やっと定着して参りました。

教室の開催日は、毎月木曜日と決定しているのですが、3月は7日・4月は11日・5月は23日と、月によっていつの木曜日にやるかが異なります。
従って生徒の皆さんには、今月の教室が終わる直前、来月は何日・再来月は何日ですよと、必ず2か月ぐらい先までは、ご出席の生徒の皆さんに確実に伝えるようにしています。生徒のスケジュール表に書き込んでいただく必要があるからです。

さて、従来は午前の赤坂見附の教室は生徒の人数が多く、出来れば午後も開催して、人数を分散して欲しいと言う声が強かったのです。
そこで同じ日の午後3時から、対応策として杉並区の井草でも朗読教室を行うようになりました。
私は昼食を取った後すぐに、赤坂見附から、杉並区のニチリョクの本社がある西武新宿線の井荻駅、ニチリョクの会議室に移動します。講師は午前も午後も私です。

西武新宿線の井荻駅が来やすいと仰る方や、杉並区にお住まいの方は、どうぞこちらの教室にお越しください。井荻の教室は、今入るのに絶好のチャンスです。

と言いますのが、井荻は3時からの朗読教室ですが、この教室はスタートしたばかりで、今のところ生徒はまだ10人足らず。たっぷり朗読の勉強ができます。
朗読の先生である私を初め、講師も生徒も極めて和やかで、家庭的な教室です。
10人ほどの奥様方を集めて、常に笑い声が絶えません。

私は、こんな少人数の教室は初めての体験ですが、少人数であるが故に、こんなに和やかでファミリーな雰囲気ならば、これぐらいの人数も悪くはないな・・・と思うほどです。
少人数の和やかな雰囲気ですが、しかし肝心の朗読は確実に身に付きます。
私はどんな所でも権威ぶったり、偉そうに振舞うのは大嫌いです。あくまで謙虚、生徒と対等です。

しかも井荻の会場となっている場所は、パーテーションを取れば、この上10人は入れる会議室です。
仮に生徒が20名になったとしても、すでに出来上がった井荻教室特有の和やかな雰囲気は絶やすまいと、私は思っているのです。

その上、これが凄いところです。
赤坂見附の午前の教室も、井荻の午後の教室も、受講料も、それから生徒の皆さんに一冊ずつ差し上げるテキスト代金も全く頂きません。生徒は全くタダなんです。
こんな朗読教室って、聞いたことが無いでしょう。
しかも講師はいずれも私一人です。自分で申し上げるのも何ですが、今最も朗読に定評のある私が朗読の講師を勤めます。

どうぞあなたもまず一度、午前の赤坂見附でも、午後の杉並区井荻でも、朗読教室とはどんなものか体験するつもりで来てみて下さい。
いらっしゃってみると、なぜ小林大輔が朗読講師を勤めながら、受講料やテキスト代が無料で、この朗読教室を運営できるのか、あなたにもお分かりになるでしょう。
ハハーン、主催している会社が、受講料やテキスト代を持ってくれているんだな・・・とだいたい想像がつくでしょう。

小林大輔は、朗読の講師をやって10年以上になります。今や最も数多く、各地で朗読教室をやっている人間です。
でも、どの教室でも小林独自の料金は500円の受講料だけで朗読教室開設以来、値上げしたことがありません。
それに輪をかけたように、赤坂見附と杉並区井荻の教室は全くタダと言うのですから、ウソみたいでしょう。

しかし、現在生徒となっている皆さんの名誉のために申し上げておきます。
生徒の皆さんは、タダだから来ているのではありません。明らかに朗読が学びたいから来ているのです。
朗読の向上を目指すなら、小林大輔の教室を受けたいと思って、この教室に来ているのです。

講師である私も、それだけの誇りを持っていますし、教室の運営の仕方に、朗読向上のための特有のノウハウがあります。
では、ニチリョクのフリーダイヤルを申し上げましょう。
0120-86-0030 です。
ここにお電話して、詳細をお尋ねください。あなたのお越しをお待ちしております。

4月10日(水)日本丸の朗読会

Posted by 小林大輔 on 04.2019 日記 0 コメントを投稿
横浜は菊名にある朗読教室は、港北図書館の2階にある会議室で、毎月1回、木下豊館長のご厚意でやっています。
横浜方面の朗読教室はここ一つ。毎月20名以上の生徒を集めて、順調に行っています。この教室に参加なさるなら今がチャンスです。秋口に教室全体の発表会をやろうと思っています。

私はどの教室でも必ず言っています。
「皆さんの中で、仲間何人かとグループを組んで、朗読会を実施してみようと思う方は、どうぞ遠慮なく私に申し出て下さい。私がそのグループの相談に乗って、当日までの面倒を見ましょう。
例えば会場の予約は、どうすれば良いか。チラシやチケットの作成は、どこに発注すれば良いか。当日のお客様は、何人ぐらい集まるだろうか。どんな作品を朗読すれば良いか。当日の入場料はいくらに設定すれば良いか。(仮に、入場料は一人2000円を頂戴するとなると、会場が満席になったとして、いくらと言う収入が決定することになります。収入はこれだけです。これで赤字にならないように全てを賄わなければなりません。)
観客動員に自信がない場合は、私も一緒に出演します。私が出る事で少しは観客動員に貢献できるでしょう。
それから当日までの練習のやり方なども、私が立ち会ってみんなの面倒を見てあげる必要があります。
その他当日を迎えるまでのあれこれは、私が経験してますから、何かと相談に乗りましょう。」
こう言って、どの朗読教室でも、積極的に朗読会をやる事をすすめています。
教室で朗読を勉強するばかりでなく、こうして朗読会を1回でも自分で主催して、経験してみると、格段に朗読の実力がアップしています。
これには、私が目を見張るものがあります。

きっと出演する予定の皆さんは、お客様を前にして、恥ずかしい朗読はできない・・・と意地でも頑張るのでしょう。これが朗読の実力をアップさせます。
そして、ある教室のグループが朗読会を実施すると、その教室に所属している生徒達が、たくさん応援に来てくれるのです。
もちろんそれだけでは客席は埋まりませんが、いろんな人に果敢に声をかけ、お招きしようと、出演する人は自然に努力します。これが大切です。

「当日のチケットを買いますよ」と言ってくれた方には「本当!ありがとう!」と目を輝かせて、両手を握ってお礼を言いたくなります。
こう言う人の情けを知る事も貴重な体験です。まるで自分が、選挙に出ているような心境でしょう。

この度、横浜菊名の教室から、一つのグループが朗読会をやります。

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陽気が良くなった4月10日(水)横浜・桜木町のみなとみらいに帆船「日本丸」が係留してあります。
ここは横浜のちょっとした観光地になっています。
この「日本丸」の右側、訓練センターの第3会議室に14時から開演です。
横浜方面にお住まいの方は、港の観光方々、ぜひいらっしゃって下さい。入場料は2000円です。

私は3人の生徒である奥様方に言っています。
「見に来て下さる方の期待を裏切らないよう、2000円に相応しい立派な朗読をお届けしよう。」
私が見る所、3人の出演者は、当日の代金に余りある朗読をすでに、練習で身に付けています。
何しろ、私が舌を巻くほど、この3人は練習に熱心だったのです。

当日、私も出演して、この日のために用意した新作をやるつもりです。
4月10日(水)午後、気候も良くなった横浜「日本丸」のほとりで是非お目にかかりましょう。

せめて折衷案を・・・

Posted by 小林大輔 on 27.2019 日記 0 コメントを投稿
今日は、私は、このブログでは初めて、広く皆様からのご意見を募ります。あなたのご意見を軽重にかかわらず、巧拙にかかわらず忌憚なくお寄せ下さい。

あなたにお尋ねする件は、私は朗読に専念していて、このような疑問をかねて感じていました。
「朗読と言う芸は何かが欠けているのではないだろうか・・・」
そう漠然と感じていたものです。
朗読が文芸作品の2次利用だと言う事は、私は百も承知していました。
「しかし、私が感じる疑問とは、なんだろうか・・・」

例えば、俳優さんや女優さんが、長いセリフを言う場合、手元に台本を持って、それをチラチラ見ながらセリフを言う事など、およそ考えられません。
落語や漫才、講談や浪曲など、日本的な伝統芸と言われる話芸も、ステージ上でネタ本を読んでいるケースなどまずありません。歌手はみんな自分の持ち歌は、歌詞を記憶して感情たっぷりに歌います。

「そうだ、私の朗読の日頃からの疑問は、朗読が朗読と言う言葉に甘えて、いつの間にか、台本を読むことが習慣になってしまっている。」
これではないだろうか、と気が付いたのです。

お客様を前に置いたケースでも朗読なんだから台本持参でステージに立つのが当たり前と、朗読者が自分でそう思い込んでしまっています。
しかし、台本を読むと言う朗読者が、誰でも行っているこの動作が、朗読の一番大きなネックになっているんだと私は気が付いたのです。
だから、朗読と言う芸が、いつまでも素人芸の域を出ないんだ・・・と私にはそう思われるのです。

とは言いながら、朗読はかなり長い作品を読むこともあります。これを全て記憶しろと言われても、現実にはできるものではありません。

そこで、次に書く①と②の折衷案を私は提唱します。
① 短めのある作品は、記憶して自分の言葉で語る。そういう作品を何点か持っている朗読者になる。
② 長めのある作品は、作家の意思を尊重して、全文を従来通り朗読する。しかし、ほんの一部だけでも記憶しておいて、客席に視線を配る。
この折衷案が現実的な方法と思いついたのです。思いついたと言うより、私はそう妥協したのです。

とは言え、朗読なんだから①にあたる例を頑なにやらないと言う朗読者がいる事を私は知っています。
この方は結果的にはいつまでも朗読を「私は素人芸でいいんだ」と、安住している人と私は判断します。
それはそれで良いでしょう。朗読は素人芸のままでもいいんだと言う人がいても良いと思います。

しかし、仮に短めの文章なら、その文章を自分の言葉として、記憶してしまおうと考える人の事を、私は向上心のあるプロの朗読者と思います。
つまり、「自分の言葉」とすることも、作家に共感して「短い文章なら記憶」してしまう事も、共にこれは、大変な努力がいる事です。
英語には演劇の言葉で欠かせない言葉があります。
behind the curtain
どん帳が閉まっている時に、どんな努力をしたか。これを厭わない人の事を、プロフェッショナルと言うそうですが、日本人の私もそう思います。

私は今、秋田民話「犬ぼえの森」に続いて、2作目の作品を、ステージ上で台本なく語ろうと計画しています。
しかし私の年で、全文を記憶するのは、決して易しい事ではありません。
ICレコーダーのレシーバーを両耳に入れて、四六時中自分が録音した声を、ノイズが多い電車の中でも雑踏の中でも聞いています。
そのせいでしょうか、私は耳が難聴になったような気がします。
これが朗読でプロを目指す作業になるかどうかはともかく、大きな声を出すことや、記憶を呼び覚ますことは、脳トレの効用と思ってやっているのです。

舞台上で、台本を持たずに、客席に柔和な表情を向けている一部の朗読者を見ると(例えば「ひとり語り」の熊澤南水さんなどはその一人です)何とこの人は、プロ精神に溢れた人と思うのです。
さて、朗読好きのあなたは、どう思いますか。
広くご意見を募集いたします。

たいとう芸能祭・最終日

Posted by 小林大輔 on 19.2019 日記 0 コメントを投稿
浅草は、この所外国人や、着物を着飾った日本人で一杯なのですが、そればかりでなく、年を挟んで、浅草をあげて各種のイベントや、大衆芸能の祭典を行っています。
ビートたけしさんをイメージキャラクターに、これを「江戸まち・たいとう芸能祭」と言います。

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今日はその最終日。
芸能に貢献した一流芸能人を次々に顕彰し、浅草公会堂のある通り・オレンジ通りに手形を展示してあるのです。
この展示はハリウッドにちなんで、浅草の一つの名物になっています。
浅草公会堂では今日はその最終日。冒頭今年から手形を展示する芸能人の表彰がありました。

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しかし私が見たかったのは、表彰式の方ではありません。それに付随したアトラクションの方なのです。
地元・浅草出身と言っても良いでしょう。アトラクションの一つ、熊澤南水さんの「ひとり語り」を見る事こそ、私と家内のお目当てでした。
南水さんは樋口一葉の「十三夜」をステージで語ると言うのです。

外国人でごった返す浅草の雑踏まで足を運んでも、今日は南水さんのひとり語りを私は見ておきたかったのです。
というのは南水さんは、3月4日(月)原宿の私の朗読会にゲストでご出演をお願いしています。
ここでも南水さんはひとり語りをご披露いただきますが、みんなに混じって一役買っていただき朗読劇にもご出演いただくことになっています。
彼女は、原宿の私の朗読会に2つの役柄でフルに出演する事を少しもいとわず、快く応じてくれたのです。

南水さんのアトラクションの作品は、30分足らずに短縮した十三夜だったのですが、それでもこの人は広い浅草公会堂一杯のお客様を前に、全編感情豊かに、淀みなく語ります。
ぐっと抑えた適切なゼスチャーもあります。忘れてならないのは、この人の目配りです。
もちろん南水さんのこのステージには、ひとり語りですから台本などありません。

今日のステージを拝見しただけでも、私は3月4日(月)私の朗読会にゲストとして招いた熊澤南水さんにインタビューしたい事が山ほどあります。
朗読をやる人の中で、南水さんほど完璧に台本を持たずにステージへ出る人を私は知りません。
台本を持っていないにもかかわらず、南水さんは何の危な気もなく、当然の事としてステージ上でひとり語りをやってのけるのです。

終わって私はロビーで、ファンと交流する南水さんにお目にかかりました。
一足先に家内と共に、南水さんのご主人が経営する浅草の有名洋食店ヨシカミで食事をしている事を告げました。

さりげなくつとめているように見える、南水さんのステージ上のひとり語りの陰には、きっと並々ならぬ努力や苦労が潜んでいることでしょう。
ところがこの人の普段の明るい笑顔を拝見すると、この人の陰の努力や苦労が表情には少しも見えないし、南水さんは舞台では台本を持たない人と、むしろ私は思い込んでしまうのです。
ここが私がこの人の事を、朗読では数少ないプロだと思う所以です。

実家の人気洋食店・ヨシカミの料理には、今日も私も家内も満腹し、満足しました。
南水さんは我々夫婦がまだ注文した料理を食べている所に、ご帰還でした。お店はお客様がひっきりなし。南水さんとは挨拶もそこそこに別れました。
ヨシカミのお料理も、南水さんの芸も、共にお客様を満足させる良心的なものです。

船橋「響」の朗読会

Posted by 小林大輔 on 18.2019 日記 0 コメントを投稿
今日2月15日(金)は船橋まで朗読を見に行きました。
朗読の会「響」が船橋駅前のきららホールで朗読会をやるのです。

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私の教室にも顔を見せている月舘はとみさん(芸名は舘はとみさんと言うようです)を中心に、朗読グループ響のレギュラーメンバーの中で、リーダーの月舘はとみさん、そして高瀬希実子さん、須藤美智子さんは私もおなじみの朗読家です。

私は、朗読会に行く前に必ず当日出演者が朗読する作品には目を通して行きます。
今日ご出演の皆さんに敬意を表すると共に、私が知らなかった作品は、どんな風に舞台で表現するんだろう・・・と言う興味もあります。いつの間にか朗読会参加の、私の事前の作業となりました。

今日の作品の中で、岡本綺堂の作品「利根の渡」を図書館で借りてきて自宅で読んだ時「ああ、これは月舘さんが読む作品に違いない」(チラシでは誰が何を朗読するか読み取れませんでした)と当日に期待を膨らませたものです。
案の定、今日の月舘はとみ(舘はとみ)さんの舞台上の朗読「利根の渡」は秀逸でした。
間の取り方といい、落ち着いた声といい、岡本綺堂の作品を見事に、そして時代劇らしく表現したのです。

出演者の中で宮沢賢治の「虔十公園林」。これを朗読した須藤美智子さんには2つの点で、私は感じ入る事がありました。
1つは、この朗読にあえて東北弁を駆使した事です。標準語こそ朗読と思い込んでいる朗読者にかなりなインパクトを与えました。
彼女はもともと東北出身で、宮沢賢治や太宰治の作品を朗読させれば、彼女特有の風合いを醸し出すことは、私はとっくに存じていました。
しかしその中でも、今日の「虔十公園林」は、彼女には特別な雰囲気と、虔十と言う主人公が持っている素朴さや愚直さ。これが特に表面に出ていたのです。

私は教室でいつも言っています。
朗読教室の先生で、いつもアクセントや地方なまりを矯正する事に追われている人があると聞きます。しかし地方なまりを逆手に取って、その生徒特有の朗読を作り出すことこそ、地方出身の生徒を活かす道です。先生はそこまで生徒の個性を見極めた丹念な指導をする必要があります。
これが私の主義主張です。
須藤さんの場合は、おおらかで、一面頑固な性格があるために(須藤さん、ゴメン!)自分で自分を高めたのでしょう。「お見事!」と言うほかありません。

彼女が見せたもう一つの特徴。これが特徴の2つ目です。
この作品のしめくくりの部分、宮沢賢治の文章を彼女は完全に自分の言葉として、客席に視線を注いで言い切る事で「虔十公園林」を完結したのです。
この須藤さんのアイデアに、私は思わず意表を突かれ、快哉を呼びました。
そうです。朗読と言えども、文章の一部は覚える努力をするべきです。その時、朗読者の視線は客席に注いでいるはずです。これが大切なんです。
朗読の最大の欠点は、台本に目を伏せて、目の前にいるお客様を、ほとんど無視している事なんです。

最後にもう一つ私が気づいたこと。それは冒頭部分があまりにも味気ないんです。工夫がありません。唐突過ぎます。
トップに出演の高瀬希実子さんが一人で出てくるなリ、なんの挨拶もなく、いきなり朗読に入るなんて・・・。
何て配慮が無い朗読会だろうと思ったものです。私が演出なら、こんなスタートは絶対にしません。
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小林大輔の朗読CD

★朗読CD第1弾「山月記」と、
第2弾の「恩讐の彼方に」、
第3弾の「雪女」「耳なし芳一」
「高瀬舟」から、
一部をご紹介します。
それぞれのCDの解説は
下記にあるCDタイトルから
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