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花盛り朗読




突然直った右足

Posted by 小林大輔 on 10.2021 日記
原因不明のまま、私は右の足を引きずりながら、それでも歩いています。
1日に1万歩をクリアしようと、自分で目標を決めた以上、意地でも「これは実行するぞ・・・」と私のウォーキングを続けています。

まあ、東京もこの所異常な低温。
9月に入って急に寒いぐらいの雨続き。
きっとパラリンピックも影響を受けたでしょう。
この雨続きに、私のスタスタ歩きの習慣も救われました。雨で休養が取れたのです。

早朝と夕方、1日2回に分けてそれぞれ5000歩を歩いています。計1万歩。
これが雨の日が多いため、やむなくウォーキングは停止。
「あぁ、雨か・・・」と外の道路を覗いては「今朝は歩け無いなぁ・・・」と思うのですが、右足の不調を思い出すと、実は歩けないことにホッとするのです。
こんな事は私には珍しいことです。

毎日歩いていると、「おや、今日は膝が痛いぞ」と知ることが、たまにあります。
また、「足が変にフラつくなぁ・・・」と思うこともあります。
しかし次の日、スタスタ歩いていると、昨日の変だと思ったところがウソのように忘れています。
完全に消えています。私のウォーキングはそんな事の繰り返しです。

ところが、今回の足の不調は、そんなヤワなものではないのです。
15分も歩けば、もう右足が棒を飲んだように突っ張るのです。
右のお尻の上、右の腰辺りが、ひどく痛いのです。
これは右足だけに感じることです。
その痛さたるや、実は目に涙をためて、やむなく公園のベンチに腰掛けて、人にわからないように休まなければならないのです。
ところが5分もベンチで休めば、あの痛みがウソのように消えて、また歩けるようになるんです。
「何だこれは・・・」
いい年をした男が、目に涙をためていたのがウソのように、また歩き出すのです。この繰り返しです。

今日歩いていた時も、私の頭の中は、またあの恐怖に襲われないかと、ひどく恐れていました。
「15分も歩けば、また、どこかのベンチで休まなければならないぞ・・・」と、この所の異常な不調を思い出して、私はパニックに陥っていました。

ところが、ところがです。
何分歩いても、今日の私の足は、休養などいらないのです。
20分も、25分も、休みなしでスタスタ歩こうが、何ともないんです。

涙をためて、公園のベンチで休んでいたのは何だったんだと、自分でそう思いました。
「膝が痛いぞ」や「足が変にふらつくなぁ・・・」と思いながら、翌日には忘れているいつものちょっとした違和感と同じなのです。
スタスタ歩いていること。それが何よりの治療になっているのでしょうか。私にはそうとしか思えません。また、どこまでも歩けるのです。

あの深刻な痛みから解放された喜びに、私は感謝しました。何しろ、何度もベンチで休まなければならなかったのですから。
「さあ、明日からは、あの恐怖を忘れて、存分に歩けるぞ」
そう自信を取り戻したものです。

これまでにない腰の不調

Posted by 小林大輔 on 31.2021 日記
「そんなに毎日、1万歩も歩いて、体の変調を感じませんか?」と人に尋ねられる事があります。
本当は、あなたの年で・・・と言いたいのでしょう。

そうですね・・・そりゃ、その日によって具合の悪い日もあります。
私は普段、割とサッサと早足で歩ける方ですが、オヤ、今日は右の膝が少し痛いぞ・・・と思ったり、全体に歩くスピードがいつもの速さが無いなぁ・・・と思ったりすることがあります。

でも次の日、早足で歩いていると、いつの間にか昨日感じた膝の痛みは何だったのか・・・と完全に今日は感じないで、忘れるほど治ってしまっていたり、いつものスピードを取り戻していたりで、昨日感じた不調を忘れてしまうのが通例です。

この繰り返しでした。
おかげで医者に行ったり、鍼灸師に揉んでもらったりすることもなく、人や家内にも、そう話すだけで、快調にウォーキングを続けています。

ところが本格的に歩くようになって2年。
今度の不調は、これまでに体験したことのない深刻なものです。
どうも私の右足全体が(右の足全体としか言いようがないのですが)決まって不調になるのです。
歩き始めは何ともないのですが、15分も早足で歩くと、そう、右の足全体、特に右のお尻の上の腰の部分が、ひどく痛いのです。

ところが、公園のベンチに腰掛けて数分も休むと、これがスッキリ忘れて、また歩けるようになるんです。

しかし、それもやはり2000歩、15分も早足で歩くと、もう右の足全体がけだるく、足を引っ張るように歩く羽目になるんです。根本的には治っていないのでしょう。
人の目があると、自分で虚勢を張って、平気で歩いているように振舞いますが、右の腰に鈍痛がしてたまらないのです。

なんだろう・・・私は真剣に悩みました。
こんな痛みは初めてです。
いよいよこれは、保険の利く、揉み療治にでも行かなければならないか・・・と思っています。

昔、人はお伊勢参りなど、特別な日は1日に10里は歩いたと言います。
私は、スマホの記録で、1万歩あまり歩くのが精一杯。
それも1日を2度に分けて、朝に5000歩。夕に5000歩。計1日10000歩。
歩くのは、これがやっとです。

その間、スポーツクラブに行って、朗読に必要な背中まわり。そして筋肉は主に足にあり、と言う言い伝えに従って、足腰を鍛える運動(主にスクワットですが)を欠かさずしています。

それでも右の足、特に右の腰にズーンとくる痛み、重みを感じるのです。これは何でしょうか?
いよいよ、これはプロに、その原因と対処法を伺わなければならないようです。

我が家のブドウ

Posted by 小林大輔 on 10.2021 日記
8月になると、決まってやらなければならない我が家の行事があります。
コロナ禍でも、オリンピック、パラリンピックでもありません。
我が家にたった1本あるブドウの木が、実をつけるシーズンなんです。

今、車庫の2階に鉄骨の頑丈な棚を作り、そこにこのブドウの木を這わせています。従って、たわわに実をつけたブドウを収穫する私は、この梯子を上らなければなりません。

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このブドウの木が我が家にあるために、8月の老人夫婦にとって、一種悩みの種となっているのです。

私はブドウを収穫すること。まずこれが私の仕事。
家内はこれを煮詰めて、ブドウのつぶ1個ずつから種を取り、実の中にある芯を取り除き、デザートソースに仕上げるこの手作業が、老夫婦には、かなりの負担となっているのです。

「来年は、もうできるかなぁ・・・」
そう呟きながら、それぞれの作業を続けています。

ところが車庫の上に上がって、たわわに実をつけている律儀なブドウを見ると、一年中放りっぱなし、肥料もやらなければ、実に袋をかぶせることもしていない我が身を反省して、汗ダクダクになりながら、(蚊が来ますから、この時期、長袖に長ズボンを仕方なく着ます)実を収穫し、これを家内に渡します。

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どちらかが欠けても、いや健在でも、どちらかに老いが進めば、もういつかはやれなくなるでしょう。


真打ち・志ん雀さん

Posted by 小林大輔 on 12.2021 日記
早稲田大学出身の落語家、後輩にあたる古今亭志ん吉さんが、いよいよ真打ちに昇格するという。
私は嬉しくなって、それを伝える志ん吉さんのお手紙を大切にして、真打ち昇進の披露興行にも出席しようと思っている。

意外に思われるかもしれませんが、今、早稲田出身の落語家は数多いのです。
早稲田大学の出身は、言うまでもなく、東大・慶応・明治など「六大学落語会」という催し物も定期的にあるくらいで、これは枚挙にいとまはありません。

昔は落語といえば、バカなことを言っているものばかり・・・と思っていましたけれど、その落語の実体とは、実は大いに異なるのです。
落語は一見、バカなことを言って人を笑わせていると思うでしょうが、実は利口でなくては人を笑わせることはできないのです。
バカを隠して人を笑わせる・・・
これはかなり高度な技法なのです。
だから日本では昔から、落語は伝統芸能のひとつに数えられているのです。

私は志ん吉さんに、こう聞いたことがあります。
「あなたはいくつぐらい落語のネタを持っていますか?」
その答えはこうでした。
「そうですね、すぐやれと言われてやれるのが、まあ30ぐらいはあるでしょうか。
家に帰っておさらいを2,3回やれば、高座でやれるのが、やはり同じ数くらいあるでしょうね。」と言いました。

これはバカになりません。
私がやる「朗読」は、原稿をもってやります。しかし落語はいっさい原稿は持ちません。
俳優が長いセリフを言うときも原稿など持ちません。
「朗読」が一等低い芸。素人芸に近いものと言われる所以は、こんな所にあるのかもしれません。

さて、後輩の落語家、古今亭志ん吉さんを卒業して、この度、真打ち、古今亭志ん雀(しんじゃく)さんと、名前を新たに出世いたしました。
真打ち披露の記念公演は、秋には目白押しです。
また、私共、練馬稲門会のイベントにも何度も出演してくれて、会場を大いに沸かせてくれたものです。

お目出たい秋の前に、この夏は、二つ目・志ん吉さんのままで、池袋演芸場で「明け烏」をたっぷりやってくれると言う手紙です。きっと名残の公演になるでしょう。
私は昔、浅草の吉原とはどんなものか、かねて知りたい・・・と思っていたものです。
「明け烏」を二つ目の志ん吉さんの語りから、当時の吉原風情を聞かされるのを楽しみにしています。

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これを打ち上げて、いよいよ9月、古今亭志ん吉さんは、真打ち・古今亭志ん雀となります。
きっと本人の努力と、甲斐性と忍耐もあって、とうとう真打ち・古今亭志ん雀となったのです。
何はともあれ、おめでたい事です。

ワクチン1回目が終了

Posted by 小林大輔 on 08.2021 日記
今日、コロナのワクチンの1回目を打ってきました。
練馬方式と言うんでしょうか、近くのかかりつけのお医者で、受診券があれば、予約の日がいただけます。
2回目は、今月の28日を予約しており、これで万全。これで猛威を振るっていたコロナも怖くないと言えるのでしょうか?

二の腕に注射後、あるいは体調が悪くなるかと、少し医院の椅子で様子を見ましたが、私も家内も何の異変も無く15分ほどで「はい、帰って良いですよ・・・」と看護婦さんに言われて釈放となりました。
この調子だと、余程の事が無い限り、来る28日の2回目も事無く終わりそうです。

帰ってスポーツグラブに行こうとしましたが、「今日だけは安静にしていた方がいいんじゃないの・・・」と家内に言われ、女房の言葉を尊重してやめにしました。

まあ私は、プールに入る事も、お風呂に浸かることも、何とも思わなかったのですが、せっかく女房がそう言ってくれるんだからと、今日の所はウォーキングだけに留めました。

そう言えば私のウォーキングです。
これは、私は、昨年コロナの初期の段階から、山と渓谷社から出ている、長尾クリニックの医院長先生・長尾和宏さんの著書「歩くだけでウィルス感染に勝てる」、この本に触発されて、
「そうだ、新型のウィルスに打ち勝つには、抵抗力や免疫力を自分で養うしかない・・・。それにはウォーキングだ」と思い立って歩くことを実行したのです。

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「歩くだけでウィルス感染に勝てる」本誌

ウォーキングは、このブログにはすでに書いている事ですが、毎日1万歩を忠実に歩きました。
そのおかげでしょうか、私はコロナにも見舞われず、今日のワクチン接種となったのです。

しかし、私はすでに79歳です。
どんなに頑張っても老人です。
私はこの所、耳が遠くなっているのを自覚します。
これは、もともと、イヤホンを耳に入れて電車に乗る事から来たものと思われます。

今、テレビの音量も、近くで良く聴こえるような、音を大きくするような装置を、電気屋さんに付けてもらい、これに頼っています。
女房が部屋に入って来て、「なーにこれ、テレビの音が少し大きいわよ・・・」とよく言われます。
最も厄介なのは、文章を書く時、辞書が手放せない事です。
当然知っている・・・と思われる漢字が書けないので、いちいち辞書を引かないと、思い出せなくなっているのです。

その他の不都合や、滑稽なことは、まだまだありますが、「老人ぼけ」については、また別な機会にしましょう。
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小林大輔の朗読CD

★朗読CD第1弾「山月記」から、
一部をご紹介します。
CDの解説は下記にある
CDタイトルからご覧ください。


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