花盛り朗読

朗読一筋のスケジュール

Posted by 小林大輔 on 21.2018 日記 0 コメントを投稿
2月14日(水)に行われた高田馬場ニチリョクの朗読教室は、
いつものように午前と午後の2回あります。

午前の部が生徒22名。うち新しい生徒が3名。
午後の部が、生徒27名。うち新人2名。
ちなみに、会場となっているニチリョクの会議室は、午後の27名を収容すると
これがほぼ限度で、これ以上の生徒の数はお断りをせざるを得ませんでした。

一方2月17日(金)、練馬のリサイクルセンター豊玉を会場とする
練稲(ねりとう)未来塾主催のほのぼの朗読教室
(こちらは、午後のみ1時30分から2時間)は生徒20名。うち新人の生徒4名。
風邪のため欠席します。と連絡のあった方が数名いらっしゃいました。

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リサイクルセンターの朗読教室の風景。

このあと2月27日(火)には、もう一度、別な生徒を対象に
練馬リサイクルセンターの朗読教室がありますので、
わたしは毎月4回の朗読教室を行い、
合計約100名に近い生徒に朗読を教えていることになります。

しかも私は、教室で生徒に朗読を教えるばかりではありません。
別な日には自分で積極的にボランティアに出向き、
その場で必ず朗読をご披露します。
またお客様を招いて、毎月原宿で自分の朗読会を開催しております。
その上、私がゲストとして各地に招かれる朗読会も多いのです。

こうして私は今、現役の朗読者であるというこの緊張が
教室で講師として生徒の皆さんに朗読を教える時に、結果的に有効、有益に
作用していると信じています。

と申しますのが、そこで得た体験や私の朗読や情報を、生徒に
語る時私の語る内容が少しも古いものには終わらないからです。
今の情報として生き生きと、生徒に届けられるメリットがあります。

過去にマス・コミに出ていたとかステージに立っていた、という実績だけで
現在生徒に朗読を教えるのでは、どうしても
話しの内容や朗読に新しさと切迫感がありません。

朗読者や朗読にも、新しい、古いという感覚は、間違いなくあるものだと思います。
あなたは、古いまんまの朗読を生徒におしつけてはいませんか?

それから私のスケジュールでもうひとつ重要なこと。
それは私は、他人(ひと)の朗読会を、時間の許す限り、見て歩くということです。
この「他人(ひと)の朗読を聞き歩く」。
と言う批判者や比較の気持ちを持たないことには、自分の朗読が事なかれ主義に流れたり、
過去の朗読、古い情報に陥って現実感を欠くもとになります。

私の朗読教室は、教える内容が、日本一レベルが高く、
話す内容は常に新鮮でありたい。
その上、教室ではいつでも生徒の笑顔を忘れまい。

教える私がそう心がけていることは、生徒の数がドンドン増えていることからも
あなたにも分かるでしょう。
教える先生が朗読一筋に打ち込んでいないと、こうは行きません。
私の教室から、将来優秀な朗読者が巣立って行くことでしょう。

朗読講座Ⅱ

Posted by 小林大輔 on 09.2018 日記 0 コメントを投稿
前回に続いて、朗読講座を続けましょう。
今日はそのⅡ、④から⑥です。

④知名度のある人の朗読は、本当にうまいか。
俳優、女優やタレントなど知名度を利用して、そのかたわら朗読を
やっているという人がいます。
マス・コミは、こういう人たちの朗読を概して重宝がります。

しかし、この人達の朗読は、朗読自体が本当にうまいのでしょうか?
NHKの番組に朗読で出ている人は、本当にうまいのでしょうか?
あなたは、この人達の朗読そのものを
冷静に評価したことがあるでしょうか?

肩書きにかかわらず朗読そのものを判断して下さい。
中には、知名度もあって、なおかつ朗読もうまい、
この人は、朗読の地道な修行を相当に積んでいると思われる人もいます。

しかし、大半の人達は残念ながら知名度におんぶした
まことに甘ったれた朗読と言わざるを得ません。

あなたは、この人達が本当に朗読がうまいかどうか
独自に判断できる、冷静で客観的な能力を持っていますか?

本当にうまい朗読者を見極める眼を持ちたいものです。
そうでなければ、知名度や肩書きにごまかされて
この人達の朗読を、いつまでもありがたがる並の人になりますよ。
私は知名度は無いけれど、朗読自体がかなりなレベルに達した人を
沢山知っています。

⑤朗読会の場で、場違いな作品を朗読している人。

朗読会とは、朗読する人が自分の技量を見せつける場ではありません。
朗読会とは、あくまで来てくれたお客様は
現在何が聞きたいかを先回りし、その作品を朗読して差し上げる
そんな気の利く人の発表の場です。

主役は朗読者ではなく、あくまでお客様です。
だってその昔「お客様は神様です!」と言い切った歌手もいたくらいです。
朗読の歴史が浅いため、まだこのことを認識していない朗読者が多いのです。

立派げな文章の作品を朗読したからと言って、それを朗読したこの人も
同時に立派げに見える。
もしあなたがそんな風に思うのであれば
あなたは「出演者こそスター」と、思い込んでいる錯覚に陥っています。

こういうお客様の錯覚を利用した朗読会って、結構多いんですよ。
私は、場違いな作品を朗読した人には、はっきりと
「つまらなかった。」と言ってあげます。
心ある朗読者は、そういう人を恨みはしません。
そこから立ち上がって、明日の自分の朗読を作るのです。

⑥朗読の教室で、一番勉強になるチャンス。
朗読の教室で生徒が最も伸びるチャンスは、先生の講義の中のどの部分でしょうか。

それは先生が、テキストを朗読してみせて、
生徒みんなにサンプルを示すその時です。
この時、生徒のあなたは
「そうか、先生はこう朗読している・・・・。」と気がつく新発見が
きっとあるはずです。
その部分を、自分の朗読の中に即座に取り入れてください。

芸事は「先生の芸を盗む、真似る・・・」と言うでしょう。
朗読も芸事です。このサンプルを盗む、真似るという方法は
きわめて日本的な言い方ですが朗読力の成長には欠かせません。

たぶん、あなたの教室でも先生が冒頭で朗読して
サンプルを示すでしょう。(私の教室はいつもそうです。)

この機会こそ、あなたは全神経を集中して
先生がどう朗読しているか観察して下さい。

そして、自分に無い朗読のやり方をキャッチした場合
すぐあなたの朗読に取り入れて下さい。
きっとあなたは、グングン成長してやがてその先生を超すでしょう。
これが生徒が最も進歩、成長する場面です。

余談ですが「当校出身の先生は、あなたが地元で開いた学校で
朗読のサンプルを見せる必要はありません!」と
そう釘を刺す講師養成の学校があるそうです。
その理由は「生徒が先生のやり方を真似るから・・・。」だそうです。

この学校は、生徒が成長するチャンスをみすみす与えていないことになります。
こんな養成学校出身の先生が、指導している教室に入った生徒は
最悪ですね。

私の朗読講座Ⅰ

Posted by 小林大輔 on 08.2018 日記 0 コメントを投稿
私は朗読会で次のような朗読者に出会った時、ひどくガッカリします。
教室で生徒に述べていることを、ここでご紹介しましょう。


①気取りまくっている朗読者。
朗読会で終始、気取りまくっている朗読者がいるものです。
好意的に見てこの人はアガっているか、過去に経験した場数が少ないための
裏返しでしょう。

いずれにしても、私はこの気取りまくった朗読者を見ると
「ああ、この人は分かっていないな。朗読もたいして期待できないぞ・・・」と
頭から判断します。

他の芸と同じように、朗読でも「なりふりかまわず」という要素が
実は必要なんです。

朗読はカッコ良いもの、素人でもステージに上る醍醐味を簡単に味わえるものと
あなたは思っていますか?
それは、きわめて表面的に朗読をとらえた素人の考えです。
レベルが高くなればなるほど、気取っている余地は朗読にはありません。
気取っている、と人に映るのは素人さながらの姿を聴衆に
見せているということになるんです。
ベテランはカチカチに気取ってなんかいません。

②いきなり本文に入る朗読者。
司会者に紹介されて登場した朗読者が、いきなり
「芥川龍之介・作【蜘蛛の糸】!」と朗読を始める人がいます。

しかし、それなら朗読する時間を主催者に申し出て本文を削っても
「前説」にあたる時間を作り出す必要があるのです。

これは前説で述べる一例です。
(イ)お客様の気分を解きほぐし、今日いらっしゃって下さった
感謝を述べる。

(ロ)私は、何者であるかの簡潔な自己紹介。

(ハ)これから私が朗読する作品の眼目。
などを、あくまで自然な口調で柔らかく語るのです。

これは朗読者の余裕を示します。
そのあと、本文に入ります。そしてこの程度のアドリブを駆使できるような訓練は
朗読者なら、本文を朗読する以上にやっておいて下さい。


③朗読者の良し悪しを見極めるのは「声」です。
鍛錬の無い脆弱なままの声は、私は一番ダメな朗読者だと判断します。

ただし、これはマス・コミの中の朗読ではなく
聴衆を前に置いた朗読会のことです。

マス・コミの朗読は、マイクを使ってミキサーさんが
いかようにも処理してくれます。

聴衆に向かって行う朗読の場合、声を励えているかどうかは
ごまかしようも、隠しようもありません。
私は、両方を体験していますがマス・コミの朗読より
聴衆に聞かせる朗読の方が、はるかに難しいと断言できます。

では、次回はその続き。
私が教室で申し上げている事を申し上げましょう。

2月の原宿朗読会のゲスト

Posted by 小林大輔 on 06.2018 日記 0 コメントを投稿
今日(2月5日(月))の原宿の朗読会は、
ゲストが松島 邦さん。

私の古い朗読仲間です。

201802原宿
2月5日のチラシ


松島 邦さんの性格は、私には至って優しい親切な方。
その昔、彼女が朗読している「さっちゃんのまほうのて」は
彼女が紹介してくれて、私に朗読するよう勧めてくれた作品です。

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以来、どれほど私はこの絵本を朗読したでしょう。
私の朗読の「十八番(おはこ)」にもなっている作品です。
この著者は練馬区に住んでおり、私も時々電話をします。

そして今回、私は松島 邦さんをゲストにお迎えしてよかった!
とまたまた思ったものです。

と言いますのが、彼女が今日朗読した作品です。
遠藤 周作さんが書いた
ユーモア小説「私の霊媒探訪記」を彼女は朗読したのです。
私は、所属する団体の発表会・銀座の博品館で
彼女がこの作品を朗読しているのを聞いて、これは朗読に向く、と思ったのです。

あなたにも一度、松島 邦さんの朗読でこの作品を聞かせたいものです。
とにかく、今日の会場は笑いの渦。

続いて私も、負けじと佐藤 愛子さんのユーモア小説「躁病のバイキン」を朗読。
これも、会場は爆笑に次ぐ爆笑でした。

朗読会でご披露した2人の作品が、いずれもこんなに笑いに包まれたことは、
私も初めてです!
お客様も「朗読会に来て、こんなに笑ったことはこれまでにありません。」と
次々そう言ってくれたのです。

私はかねて言っています。
朗読会は、本当は娯楽の場、エンターティメントだと。
お客様は決して七面倒くさい「純文学」を聞くために
ここまでいらっしゃって、入場料を支払ったのではない。
これは私の持論、哲学です。

私は朗読を軽く見る訳ではありませんが、わざわざ
朗読会を催して、朗読をやってみせるという人が
何より気張りすぎていませんか?

出演者が気張りすぎる最たるものは、
朗読者が選ぶ作品に表れていると、私は思います。

朗読者によって、いろいろ理屈はありましょう。
しかし、朗読会のその主役が、朗読する人とは私は決して思っていません。
朗読会は朗読者の腕を見せたり、朗読者の思いを晴らす場ではないのです。

朗読会には、この事を基準に朗読する作品を
選んで欲しいと思います。
あなたが何を朗読したいかより、お客様は今何を聞きたがっているか。
これを推測して作品を選んで欲しいのです。

大勢の中で朗読を聞く、という朗読会場の中ばかりでなく、
もうひとつの場。
あなたの書斎やデスクで、ひとり静かに「純文学」を鑑賞するという
ふたつの場面を、人間は持っているのです。

では、この作品がどちらの場にピッタリの作品かは、
きっとあなたは分かるはずです。

●私のブログ
「朗読会に向く作品、向かない作品」を参照してください。
http://kobayashidaisuke.blog.fc2.com/blog-entry-767.html

練馬のボランティア団体、皆賀一番町

Posted by 小林大輔 on 05.2018 日記 0 コメントを投稿
練馬区役所20階の交流会場で行われた朗読会は、練馬の視覚障害者や、
知的障害者の団体「皆賀一番町(みながいちばんちょう)」という
ボランティア団体のPRのための朗読会でした。

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「皆賀一番町」
ん?聞いたことがない名前だな、
それに変わったネーミングのボランティア団体だな?と思って
この団体のリーダー内藤貴和子さんに
冒頭の約10分間ですが、どのようなボランティア活動をしているのか、
インタビューしました。

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内藤さんは、50歳ぐらいの女性です。
目が不自由な方ですが、精神保健福祉士と
社会福祉士の資格を取られています。
大変な努力が必要だったでしょう。

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リーダーの内藤貴和子さん

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内藤さんにインタビューする小林

例えば、私たちは駅のホームや電車の中、往来でも、
目の不自由な人を見かけることがあります。


私たちは、目の不自由な方に邪魔にならないように
せいぜい遠巻きにして、近づかないようにするのが通例です。
でも目の不自由な方に、こんな対応でいいんでしょうか。

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にこやかに笑う内藤さん

リーダーの内藤さんがおっしゃった言葉には、健常者が気づかなかった事、
知らなかった事が、一杯含まれていました。

内藤さんは、私のインタビューに答えてこう言いました。
目の不自由な方には、遠慮なくいつも優しく声を掛けて下さい。
これが基本です。

何かお手伝いすることがありますか?
何かお困りのことはありませんか?
この席に、お掛けなさい。
(黙って立って席を譲るだけでは、
目の不自由な方が座れるとは限りません。)

今、ホームに入って来た電車は快速ですよ。
あなたはどの駅で降りられますか?
ホームの端を歩いていては危ないですよ。
まもなく段差がありますよ。気をつけて下さい。

こんな言葉すら、我々健常者は、
これまで掛けられていませんでした。

盲導犬を連れた盲人に、
「あーら、この犬いい子ね。いい子、いい子」と、
犬の頭をなでたり、犬に呼びかけるのも、
これは良くない事だと教えていただきました。

盲導犬は、現在、一生懸命、仕事中なんです。
犬の集中力がそがれてしまいます。

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内藤さんが頼りにしている賢いベスちゃん。メス犬です。

盲人が白い杖を高くかかげているのは、なんのジェスチャーか
あなたは知っていますか。
これは盲人が、周りにいるあなたに助けを求めている合図です。
すぐその人に声を掛けてあげましょう。

盲人や知恵おくれの人を往来や駅頭で見かけたなら、
とにかく敬遠するのではなく、私達は気楽に、
優しく声を掛けてあげること。
これが内藤さんの主張の根幹です。

確かに、健常者がひとたびアイマスクをしただけで、
街はこんなに歩きにくいものかと気がつきます。


さて、私の朗読は、義経を扱った安西篤子さんの
「壇の浦残花抄」と、休憩をはさんで、
絵本「さっちゃんのまほうのて」でした。

「さっちゃんのまほうのて」は、
ピアノ演奏の清水優子さんと、私の朗読のコラボレーションでした。

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ピアノの清水さん

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清水さんは、見事なピアノ演奏をしてくれました。
そしてもうひとつ、地方なまりも、
私の朗読教室の「個性」という思いから
「秋田民話・大ぼえの森」をご披露しました。

ボランティア団体がPRのために主催したイベントとしては、
今回異例の人数の人が来てくれたと、
関係者は喜んでいらっしゃいました。
お断りせざるを得なかった方も多数あったようです。
私も、ピアノ演奏の清水 優子さんも、ずっと手話をしてくれた方々も、
地元のボランティア団体に一役買えて、幸せな一日でした。


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写真はいずれも、カメラマン奥富 晃さん。









朗読の先生

Posted by 小林大輔 on 31.2018 日記 0 コメントを投稿


朗読が、あっという間にうまくなる人と、上手になるのに時間がかかる人。
いつまで経ってもうまくならない人と
さまざまあるものです。

朗読の指導をしていて、正直にそう感じることがあります。
しかし私は、すぐうまくなる人だけがいい生徒、かわいい生徒とは
少しも思っていません。

相当な時間をかけて、同じ注意も繰り返して、
やっと「ここまでうまくなったね・・・」と、この生徒の顔を見つめる時、
「ああ、粘り強くこの生徒を教えて良かった・・・」と達成感を覚えます。
指導者冥利に尽きます。

そしてこの生徒の辛抱強い努力に敬意を払います。
私は一を聞いて十を知る生徒よりこういう生徒に出会うのが好きなんです。

これは、生徒の持っている「個性」「特性」だと、
私は解釈しています。
「個性」なんですから、個人個人で差があるのはしょうがない。
私は、そう思って、粘り強く、繰り返して同じアドバイスをします。

世の様々な先生と言われる立場の人は、
そこの所をどう思われているのでしょうか。
先生とは、生徒に寛容なお仕事、気の永いお仕事と想像はつきますが、
本音を聞かせて頂きたいと新米の私などは思うのです。


「個性」という言葉を出しましたので、
ついでに私の教室で、いつの間にかできたルールをご紹介しましょう。
これも生徒の「個性」でしょう。

まず、私の教室では、地方なまりのある方でも、
決して標準語に矯正したりいたしません。
地方なまりも、この生徒の「個性」と考えています。
私たちはあくまで「朗読」の勉強をしています。

太宰治や宮沢賢治、佐藤愛子や田辺聖子などの地方弁が
必要な作品を朗読することがしばしばあります。
その時、その土地の言葉がやれるということは、
どれほど有利な武器になるか分かりません。

その土地の言葉を、子供の頃から使って来た人には、
私たちが逆立ちしたってかないません。


これらの作品を活き活きと地方なまりのまま
朗読する人たちを私は何人も知っています。
だから地方なまりを矯正しないのです。

次に、「個性」その2として私は教室では、
発声練習や、滑舌、早口言葉などの
トレーニングは、一切いたしません。

これは、私の経験から来ていることです。
私は若い頃、アナウンサーになる目的を持っていたため
約10年間1日も休みなく発生の基礎訓練を繰り返しました。

そのおかげで、口の開きや、
発声には未だに自信があります。
一生ものとして身についています。

しかし、この基礎訓練は、思いつきや、真似事では
とても身につくものではありません。
私の場合10年、毎日やりました。

月一や週一の朗読教室で、とってつけたように
トレーニングをしても、それを家に持ち帰って
毎日毎日ひとりで欠かさずやる奥様が本当にいますか?

その上、この訓練は、人にお見せできるような
カッコ良いものでも、見ていて楽しいものでもありません。

それならば、それに代わるもっと良い発音の訓練を
私は思いつきました。
自分が言った言葉が、相手に要領よく伝わったか。
相手にしっかりした発音で伝わったか。
大きな声で、明瞭に伝わったか。
これを自分でチェックするのです。
また、誰か家族にチェックしてもらう習慣を作るのです。
これだけでお座なりな発声練習を
やる以上の効果があります。


私は発声が正確な人を観察していて、訓練もさることながら、
家庭教育によるところが大きいと気づいたのです。

だって明瞭にしゃべっている人の家族は、
全員が明瞭に話しているでしょう。

これが、アナウンサー達の中にいて、アナウンサーを
一杯見てきた私の結論なのです。
だから、朗読教室では、私は自分の言葉をチェックする
習慣を教えて、形式だけの発声訓練は、しないことにしています。

朗読のセリフの声の高低

Posted by 小林大輔 on 30.2018 日記 0 コメントを投稿


練馬区のリサイクルセンター豊玉で行なっている朗読教室 23日(火)は、
前夜からの雪。その上インフルエンザも大流行とかで、
欠席者続出のため生徒は8名。
25日(木)は、まだ雪が道路に残っているのに、
それでも28名と、こちらは大盛況。新入りの生徒もかなりいました。

さて、今日お話しするのは朗読する時の「セリフ」についてです。

私の教室のある生徒のことです。
この人は女性の声で読むセリフと、男性の声で読むセリフの二種類を、
声の高さを変えて読み分ける。
こういうセリフの読み方を実践して見せたのです。
女性の声は、かん高いトーンを作ってセリフを読み、
男性の声は、低めのトーンでセリフを言うのです。

一人の朗読者が、わざわざ二種類のトーンでセリフを言うことは
私は簡単なことではないと推測しました。
そこで私は「どうして、そうなさるのですか?」と聞いてみました。


その人はこう言ったのです。
「私が、通っていたもと朗読教室の先生は、男性と女性のセリフは、
必ずトーンを変えるようにと、厳密に教えてくれました。
女性のトーンは高いでしょう。
だから高いトーンで読んでください。
男性の声は低めのトーンを作って読む必要があります。と、教えてくれたんです。
私はその当時の教えに、未だにこだわっているんです。」
その生徒はそう答えたのです。


こんなユニークなセリフの指導をしている教室があるものかと、
私は初めて知りました。
あなたは、朗読で男性と女性のセリフのトーン(高さ)を変えて読みますか?

女性でも言葉を秘そめて言うセリフもあるでしょうし、
ある意図を持って、女性が低いトーンで語る場合もあるでしょう。
必ずしも女性だからと言って
全てのセリフをカン高い、ソプラノで言うとは限りません。

「男・女のトーンを変えてセリフを言いなさい・・・・。」と言うこのやり方。
私も人に朗読を教えていますから、はっきり申し上げましょう。
「この方法は、明らかに間違いです!」
私の永い朗読の経験からも、そう断言できます。

その教室の先生が、生徒にそのような指導を本気でしているのなら、
何か特別な意図があるのかも知れません。
その先生にお願いがあります。
どういう意図があって、そのような指導をなさっているのか、
私に、直接聞かせていただけませんか?


女性のセリフは高いトーンで、男性のセリフは低いトーンで。
これを先生の指導どおり忠実に実行している生徒のセリフを聞いてみると、
私にはなんとも不自然で滑稽に聞こえるのです。

まるで、テレビのアニメ番組を見ているように聞こえます。
その上、女性のセリフはこうあるべき、男性のセリフはこうあるべきと、
画一的に区別している事が、私にはうなずけません。


例えば、伝統芸能と言われる「落語」です。
「落語」は、登場人物のセリフを
演者ひとりで語るという点では「朗読」と似ています。

落語に登場する長屋のおかみさんのセリフを、
落語家がトーンを高くして言っていますか?
決してそんな事はしていません。
落語家は、女性のセリフを言う場合でも、口調だけを変えて、
トーンは男性のセリフと同じまま、おかみさんのセリフを言います。

「落語」でも「朗読」でも、男・女のセリフのトーンは全く同じなのです。
男・女どちらが言っているかの区別は、トーンではなく口調を変えるだけで、
聞く人に充分わかるようにするのです。
あえて言うなら、これは誰が言っているセリフか、聞く人に分かるように、
朗読者が口調をしっかり工夫しなければなりません。


例えば、今私の教室では、川口松太郎さんの「遊女夕霧」をテキストとして、
今年4月まで使用するつもりです。
この作品の中には、セリフがふんだんに出て来ます。

私は、このテキストを4ヶ月使用する間に、私の生徒には、
こと「セリフの作り方」に関しては完璧に会得してもらおうと計画しています。
その時生徒に私が教えることは、これは誰が言っているセリフなのか、
トーンを変えることなく、口調を変えるだけで、
聞く人に自然に分かるようにしてあげたいと思っているのです。







































ニューイヤー・コンサート

Posted by 小林大輔 on 22.2018 日記 0 コメントを投稿
練馬稲門主催のニューイヤー・コンサートが練馬文化センターで開催されました。
私はいつもの司会役です。

私のようなロートルは、もういいかげん、この司会役を下ろしてもらいたいと希望しながら、相も変わらず司会をやることを指示されます。いいえ、これは決して私の自慢話をしているのではありません。

私は、若い人が変わってくれるなら、いつでも譲りたいと思っているのです。
これは本音です。
だって演奏するのが早稲田の現役の学生。フレッシュな後輩たちなんですから。

早稲田大学交響楽団(ワセオケ)を招いたニューイヤー・コンサートは、
練馬稲門会の主催で今年が12回目です。
すっかり定着しているんですね。さしも広い練馬文化センター(1,400名以上入れます)も一杯のお客様です。

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早稲田カラーの今年のプログラム

ニューイヤー・コンサートは第一部と第二部があり、
今年の第一部はプロとしても活躍している声楽家を三名ゲストとして招いています。

ソプラノの清水理恵さん

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清水理恵さん

同じくソプラノの土屋裕子さん

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土屋裕子さん

そして男性、テノールの芹澤佳道(よしみち)さんの三名。

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芹澤佳道さん

第一部のワセオケは、このゲストの皆様のバックアップをつとめます。

ゲストの三人は、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の中のアリアを歌います。さすがにプロの声楽家。三人とも1,400名入る会場でも美声がよく響き、スロープの上の方、天井に近いお席の方にも難なく声が届きます。(当然マイクなど使いません)

第二部は、変わって早稲田大学交響楽団の独壇場。
ワセオケは年末には山中湖で全員、合宿がありました。
新年は、学生達は郷里へ帰って休養したばかり。
2月15日には、総仕上げの定期演奏会をサントリー・ホールで行なって、1ヶ月のヨーロッパの演奏旅行に出発します。
この演奏旅行が彼らを成長させ、反面連日のヨーロッパ各地、クラシックの本場で行うコンサートのため若い彼らをクタクタに疲労させる旅となります。

いい経験となるでしょう。

とすると、ワセオケは毎年、新年のこの時期が、最も演奏が充実し、休養十分、張り切っている時期に当たります。
若い指揮者、曽我大介さんの表情豊かなリードで、新年にふさわしいワセオケのフレッシュな演奏を聴かせてもらいました。

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指揮・曽我大介さん

たまには、クラシックの生の演奏も良いものです。

日本に招かれた、世界各国の高校生

Posted by 小林大輔 on 21.2018 日記 0 コメントを投稿
今日の私は、日頃の「朗読」忘れて、昔とったキネズカ 司会役に徹しました。
司会の私と通訳のスキップさん
司会の私と通訳のスキップさん


世界12ヶ国の高校生たちが、今年も日本に招待されて集結したPDWCパーラメンタリーディベート(世界交流討論会)が、ここ埼玉県の熊谷市にあるホテル・ヘリテイジで、行われたのです。

私は、そのオープニングセレモニーの司会役。

初回から担当して、これが3回目です。
世界各国の12ヶ国の高校生と申し上げましたが、アメリカ合衆国あり、中国あり、ヨーロッパ各国あり、マーシャル諸島あり、アフリカのナイジェリアの高校生あり・・・・


日本に来た世界の高校生たち
日本に来た世界の高校生たち

日本に来た世界の高校生たち
日本に来た世界の高校生たち

日本に来た世界の高校生たち
日本に来た世界の高校生たち


とにかく世界12カ国の高校生が、学校1人の先生に引率されて、1チーム生徒3名の編成で、はるばる日本に招待されてやって来たのです。
日本からも各地から12校の生徒3名が、先生に引率されて参加しています。
日本だけでも総勢50名の参加になります。

このディベート大会で特筆すべきことは、ロンドンに本拠を持ち、国際的な人材を育てることに実績と権威のある教育慈善団体「ディベートメイト」が、ディベートの指導やジャッジメントに当たるといいますから、本格的です。

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挨拶する「ディベート・メイト」のCEO・マーガレット・マッケイブ女史


会場で開催された真剣なディベートが終ったあとの高校生たちには、会長の中臺和子さんが計画した「日本を体験していただこう」という一連の心づくしの楽しい計画が用意されています。

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挨拶する中臺会長

例えば、多感な世代の世界の高校生たち、今回は埼玉県の小江戸と言われる川越の古めかしい街並みをバックに着物を着て写真を撮ったり、越後湯沢のスキー場に招いて日本の雪やスキーを体験させたり(およそ雪が降らない国から来た学生もあります。)

新幹線で東京にお連れして、銀座、原宿、渋谷、新宿、浅草などグループに分かれて、繁華街を散策、探訪していただくというスケジュールも用意されています。こうして再び、今月25日にこのホテル、ヘリテイジに全員集合する一週間「日本各地を体験する旅」をプレゼントするのです。

川越の小江戸の町並みをバックに着物を着るにしても29センチという足袋が必要な高校生もあります。
また越後湯沢のスキー場でスキーを体験してもらうにしても、スキー靴の大きさが30センチのものを要求する生徒もあります。
それらを現地に連絡して、怠りなく用意しておくのも大変だったとスタッフは言います。

中臺会長はじめスタッフの皆さんは、細心の心配りと準備を世界の高校生のためにいたしました。
将来、この高校生たちが、その国の主要な立場に成長した時、多感な時代に体験した日本での
心づくしのおもてなしを受けた見聞は、きっと「日本びいき」を生むことでしょう。

ディベートを通じて、世界の国の高校生を親密に交流させることばかりでなく、日本に招いた約一週間に、
精一杯、良い思い出を体験させてあげようと言う中臺和子さんをはじめ、全スタッフの「母心」を感じ、
私はせめて開会式の司会役を喜んで勤めたのです。

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中臺会長を囲んで左が私、右が家内。

受講料500円の朗読教室

Posted by 小林大輔 on 16.2018 日記 0 コメントを投稿
現在、転職支援セミナーの講師をしている円木晥(あきら)さんという方が、私の高田馬場の朗読教室に新人として出席して下さり、まず、その料金の安いことに驚いているようでした。

そこで今日は、私の朗読教室の受講料について、お話ししましょう。
私は、この高田馬場でも、自分が住んでいる練馬区のリサイクル・センター豊玉でも朗読教室をやっていますが、料金はいずれもその都度500円しか頂きません。

1月からテキストを新たにして、川口松太郎さんの「遊女夕霧」の作品をテキストとして使っていますが、これを4ヶ月使用するつもりです。
これをテキストとして生徒の皆さんに配布した月だけ、コピー代金として200円頂きます。
4ヶ月使用するテキストですから、テキスト代は毎月50円となります。しかも手元に残ります。

受講料は出席した月だけ500円。
テキスト代は毎月50円ですから、私の朗読教室の費用は550円となります。
これは高田馬場ばかりでなく、練馬区で実施している朗読教室も同じです。

しかも500円の受講料は、あなたが出席した月だけ、出席した時に係に支払います。
事前に納めておいて、欠席した月の受講料が戻って来ない…というのではありません。

「えーッ、500円で…」
なぜ、こんなに安く朗読教室がやれるのでしょうか。

私はアナウンサーになるために、様々な修行や練習をしました。優秀な先輩からも親身な指導を受けました。
しかし、将来アナウンサーになりたいという強い希望を持っている私から、レッスン料を取った先輩はひとりもいなかったんです。
おかげで私はテレビ初期のアナウンサーとして充実した仕事をいたしました。

私は今、そのご恩返しをこの教室でしていると思っているのです。
先輩たちが私を教えてくれて、お金をとらなかったのなら、そのご恩返しに私もお金をなるべくとらずに「朗読」を教えてあげよう。
理解ある企業(高田馬場のニチリョクがそうです)や、公的なスペースを借りたとしても、会場費、その光熱費、テキストのコピー代の実費ぐらいは、せめてみんなで分担して拠出しよう。

そう思って計算した結果、私の取り分を除くならば500円を皆さんからいただくだけで、その費用は分担できます。
お分かりと思いますが、受講料の中で、講師の取り分、講師のギャラが一番大きいのです。
これがなければ、こんなに安くやれるのです。

私は、朗読教室を指導して、かれこれ10年になります。
10年間受講料500円は変わらず実行して参りました。
今後もこれを続けて行こうと思っています。

しかし、私の朗読教室は、お教えする内容は「日本一」。
どこにも負けないと自負しています。これが私の教室のモットーです。

高いものは良いものだ…そう信じている人はそれも結構です。悪くないでしょう。
しかし、私の教室の生徒は、実に伸びやかで楽しそうです。
私はこの雰囲気を作りたかったんです。
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