花盛り朗読






自信のある9月3日(月)原宿の朗読会

Posted by 小林大輔 on 17.2018 日記 0 コメントを投稿
私は朗読については、いくつかのオリジナルな作品を自分で書いています。
その作品群の中に、こんなユニークな作品があります。
「野口雨情 その作品と生涯」
アメリカの作詞・作曲家で「フォスター その作品と生涯」などです。

この2作品は、私の「朗読」と共に、スタジオでは安東みどりさんと言う「ピアノ」の名手がいますから、あとは、これらの作品を歌ってくれる「声楽家」がいれば、その三人で気脈を合わせてユニークな「歌」と「朗読」が実現するはずだ。
私は、かねてそう思っていました。

まず「野口雨情」です。
雨情のお孫さん、野口不二子さんの講演を伺い、私は雨情の事を書いてみる気になったのです。
私の出典は不二子さんが書かれた「野口雨情伝」によります。

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野口雨情は「赤い靴」「青い目の人形」「七つの子」「しゃぼん玉」「雨降りお月さん」など数々の童謡を始め、「船頭小唄」や「波浮(はぶ)の港」など、歌曲や流行歌に類するものも作詞しています。

しかしその作風は、自分はあくまで自然を背景にした作家だと本人が言う通り、素直な「自然詩」の作詞家だったのです。

雨情は、日本が昭和の初めから、大陸に侵攻して太平洋戦争に突入するまでの暗い時代に、晩年を過ごした人でした。
しかし当時の世相を反映した軍歌を、彼はとうとう一曲も書いてはいません。
当時の軍部は、高名な人気作家・野口雨情に軍歌を書かせようと、どれほど躍起になって雨情のもとに日参したか分かりません。


しかし雨情は、軍部の要請を断り続けていたのです。
「世相が軍歌しか書かせてもらえないなら、私は作詩の筆を折る。」
雨情はこうまで宣言して、ついに自分の執筆を取りやめてしまう、気骨の人だったのです。
私が雨情に注目したのは、この部分だったのです。

続いてアメリカの作曲家で作詞家のスティーブン・フォスターです。
「スウィート・ドリーマー」「オールド・ブラック・ジョー」「金髪のジェニー」「故郷の人々(スワニー河の歌)」「おおスザンナ」「草競馬」「ネリー・ブライ」などなど・・・。

歴代の音楽作家の中で、フォスターほど徹底して作詩と作曲の両方を一人でこなした人はいない事に私は気づきました。
フォスターは自分で作曲した曲の全てに自分で詩をつけているのです。
こういう作業をやった人は音楽の歴史の中でも大変珍しいことです。

さらにフォスターの人物像を調べて分かりました。
彼は一言で表現するなら、こう言える人物でしょう。
「有り余る音楽の才能を、酒と引き替えた男」
彼は若い頃から深刻なアルコール中毒だったのです。
それほど酒にだらしない男と言えばそれまでですが、それだからこそ、よけいフォスターと言う人の「人間味」を、私は感じるのです。

さて、私は、この二人の作品を生かすドンピシャの声楽家にめぐり逢いました。
それがテノールの前田ヒロミツさんです。

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前田さんは、私が朗読会をやっているピアノの安東みどりさんの原宿のスタジオで、別な日に奥様方にコーラスや歌の指導をしていたのです。
こんな近しい所に、こんな素晴らしい本格的な声楽家がいたのです!
人の縁とは不思議ですねぇ。

私は9月3日(月)前田ヒロミツさんをゲストに迎え、まず「野口雨情 その作品と生涯」をやります。
歌はもちろん前田ヒロミツさん。
ピアノ演奏は安東みどりさん。
私の朗読で野口雨情の数々の歌と一生をご紹介します。
きっと三人のコラボレーションは素晴らしい物になるでしょう。

とくに前田ヒロミツさんの英国国立音楽院・ディプロマコース仕込みのテノールの歌声の素晴らしさに、皆さんはきっとビックリなさると思います。

これが上手くいくと、次は前田さんをもう一度ゲストに迎えて、おなじみ「フォスター」の歌の数々をお贈りしようと今から計画しています。

「茜雲(あかねぐも)」秋の公演(1)

Posted by 小林大輔 on 11.2018 日記 0 コメントを投稿
この秋、10月29日(月)「茜雲(あかねぐも)」の三人の女性達による朗読会がJR中野駅のすぐ近くの会場であります。
ニチリョクの朗読教室から生まれた朗読家たち三人を、私が演出と、そして出演もする朗読会です。
私も毎回秋のこの公演を楽しみにしています。

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この茜雲の公演の内容をご紹介しますと、第一部は、三人の女性朗読家のバラエティに富んだお一人ずつの朗読です。

「この作品こそ聞く人に感動してもらえる自慢の作品!」
三人の女性達が、そう思って選んだ朗読作品は、全て色合いの異なるものばかり。
人の個性や好みによって選ぶ作品がこうも違うのか、と今更ながら驚かされます。

この「茜雲」の朗読会は、私が全体を統括し、演出するからと言って
「あなたには第一部は、この作品がふさわしいでしょう。だからこれを朗読しなさい。」と作品を押し付けることは、私は決してしません。

朗読する作品が早々と決定している人は良いのですが、決めかねている人には、私は相談に乗ります。
「一人に与えられた時間は20分。この時間で朗読できる作品は、これらでしょうか。」
私はその人に複数の作品を提示します。
この中から、最終的な作品の選択だけは、その人に任せます。

従って、第一部は毎年、各人各様、個性に富んだ朗読となり、その違いがこれまた見ものなのです。

女性三人の朗読の最後には、私も自分の朗読をご披露します。
すでに朗読を終えた女性三人と、どんな風な違いがあるか。
これを見ていただくことが、私の朗読のポイントです。

第二部は「朗読劇」です。
こちらは、全員で心を一つに合わせて朗読劇の完成に専念します。
「茜雲」のチームワークの良さをご覧に入れましょう。
その自信が無ければ、全員の力を、この「朗読劇」ひとつに結集する事はできません。

第一部の朗読は各人が個性豊かにのびやかに・・・。
第二部の「朗読劇」では「茜雲」の女性三人と私の息の合ったところをご覧いただくのが目的です。

こうして「茜雲」の朗読公演は今回が第四回となりますが、いずれも会場は毎回満員。
しかもチケットの売れ行きは、回を重ねるごとに、売り出すと同時に早々と売り切れてしまいます。
前回の公演を見てくれた友人の中に「朗読の公演の中で、これだけはぜひ見たいわ・・・」と期待してくれているお客様が、回を重ねる毎に多くなっていることが分かります。
公演は一回だけ。仮に2回やっても一杯になるのではないかと、私は予想しています。

しかも今回は強力な助っ人が加わりました。
私のニチリョクの朗読仲間、山根裕子さんのご主人は、あるユニークな作品を創る芸術家。
この方は本来、縁の下の力持ちを務める人ではないのですが、我々の当日のチラシやチケット作りに様々なアイデアや、ご自分の絵まで提供して下さったのです。山根さんご夫妻には感謝しかありません。
お陰で、ほら、こんな立派なチラシが出来ました。
このポスターだけでも価値がありますよ。

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山根さんのご主人が作ってくれたこの制作物に負けないように、私共は秋の公演に向けて、せめて練習だけは怠りなく積んでいるのです。

充実の関西旅行

Posted by 小林大輔 on 02.2018 日記 0 コメントを投稿
兵庫県西宮市に在住する山下夫人は、家内の鴨沂(おうき)高校時代の同級生。
青春時代の同級生とは、ありがたいもの。
いつまで経っても家内とは気心が知れています。
その上奥様は大の旅行好き。
ご主人と共に山下さんご夫妻の案内で、時々年配者同士2組の夫婦計4人で旅行します。


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私が撮る3人の写真 

今回の山下さんの旅行のご案内は、淡路島と琵琶湖です。
山下さんのご主人が淡路島のご出身。
そこで初日は、まず赤石海峡大橋を車で渡って、島内を案内してくれます。
そういえば、日本最大の島とは言いながら、私共夫婦にとっては淡路島は初めての来訪です。 
「淡路島は土が合うのね。今やタマネギの産地なのよ」と山下さんの奥さん。
そこでご主人の遠縁にあたる川口さんと言う方の農家に立ち寄って、地元産のタマネギを賞味させていただきました。 
包丁で皮ごと、ざっくり四つ切にしたタマネギを生のまま食べてみますと、ピリピリしたタマネギ特有の食感がほとんど無く、むしろ甘く感じます。
地元のタマネギを「フルーツ玉ねぎ」と言うだけあって、タマネギの苦手な私も、これならいけそうです。 
「タマネギは血液をサラサラにするのよ・・・」と家内は重宝がって、東京に箱で送ってもらいました。

続いて、山下さんのご主人の案内で白砂青松の「慶野(けいの)松原」と言う海岸に案内してもらいました。 
白砂青松とは、日本のどこにもある海辺の風景と思っていました。 
でも、今その姿をそっくり残している海岸を、私はいつの間にか見かけません。
 「これは素晴らしい・・・!」
私は、この広大な慶野松原の日本的な景観に、しばし呆然。 
しかもこの海岸は、浜にいなくなった千鳥を保護していると言います。 
車に戻って、百人一首の中にある
「淡路島 通う千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守」と言う源兼昌の句を思い出したことを山下さんご夫妻に告げると、
「それそれ。うちの娘たちは百人一首をやると、いつもその句だけは、淡路島出身の父に敬意を表して、わざとその札を父に取らせていたの」と奥さんの昔を思い出した言葉に、車の中は大笑い。

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夜の夕食は、家内の楽しみにしているハモづくし。
関西出身、特に京都にいた家内は、夏は何よりハモを珍重するようです。
祇園祭の酷暑のさなかは、京都人の定番は決まってハモだと言います。 そう言えば、東京で夏にハモを食べる習慣がないのはどうしてだろう・・・と私が尋ねますと、 
「あの骨切する調理の職人が、東京には少ないんじゃないかしら」と家内は言います。
そうかもしれません。 

そのあと、船に乗って鳴門の渦潮見学です。

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翌日は京都を通り越して、琵琶湖畔に移動。
「今夜は琵琶湖対岸の景観と、近江牛の最高のステーキを鉄板焼きで食べましょう」
旅行通と同時に、グルメ通の山下夫人は、そう言って私共を喜ばせます。

 

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鉄板焼きのカウンターで 

そういえば、淡路島は日本最大の島。
琵琶湖は日本最大の湖。
その形は、上下を逆さましただけで、形も大きさも大ざっぱに言えば、よく似ています。 
この事実は古事記にも書かれている通説ですが、改めて二つの場所の共通点を認識したものです。

 

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琵琶湖の夕景

いつもながら、山下さんご夫妻のご案内は絶妙。
おかげで私共夫婦には良い関西旅行でした。

心のこもったひとり語り

Posted by 小林大輔 on 26.2018 日記 0 コメントを投稿
私のこの前のブログの中で「あなたも『朗読』ではなく、『ひとり語り』をやる事をおすすめします」と、こう申し上げました。
そう申し上げた私の舌の音も乾かぬうちに「朗読」ではなく「ひとり語り」を、テレビの中でやってのけた人がいました。

沖縄糸満市の摩文仁(まぶに)で、6月23日沖縄戦没者追悼式がありました。この模様をNHKがテレビ中継していました。
ここに登壇した地元の代表・浦添市立滝川中学の3年生 相良 倫子(さがら りんこ)さん(14歳)が「平和の詩」と言う詩を、見事に「ひとり語り」したのです。テレビでご覧になった方も多いでしょう。

「相良さんが朗読をいたします」と司会者が、事前にこのように紹介しました。
この司会者の言葉から、私はこの幼い女の子が「生きる」と言う詩を書いた文章を、壇上で「朗読」するのだとばかり思っておりました。
しかし登場した相良 倫子さんは、手に原稿を持っていません。
彼女は何も持たずに登壇し、決意を込めて、視線を最後まで客席の方へ向けたまま、約7分間の「生きる」と言う詩を、自分の言葉として力強く語り通したのです。

私は相良さんの語りに、思わず引き付けられました。
彼女はやや緊張しているようには見えましたが、言葉に詰まる事も淀むこともなく、終始堂々と語り終えたのです。

テレビカメラは、相良さんの一挙手一投足を克明に追っていました。
語り終えた相良さんは、自分の席に戻って、はじめて指導を受けた先生か、仲間の顔を見つけたのでしょうか、やっと笑顔になりました。

私は、この子はスゴイ!と思いました。
この壇上に上がるまで、彼女は大変な努力を重ねたことでしょう。彼女が陰で行った努力は、おそらく私達の想像を超えています。
しかし、何と言ってもスゴイのは、大勢の人の前で彼女が見せた「集中力」です。

相良さんの次に登壇したのは、内閣総理大臣の安倍晋三さんでした。
彼は、たぶんどなたかおつきの役人の書いた原稿でしょう。
いつも通り手慣れた様子でスラスラとこれを読んでいました。
相良さんの記憶するまで読み込んだ渾身の「ひとり語り」と比べると、総理の「朗読」は私にはひときわきれいごとに思え、空しく聞こえました。

やはり、全文を記憶してしまうほど読み込んだ相良さんと、誰か他人の書いてくれた文章を直前に手渡され、それをいつもの通り、朗読している総理の差。
私はそれを感じたのです。総理はそれほどお忙しいのでしょう。

私達の朗読は、何度も何度も、繰り返し読み込むうちに全文を記憶してしまうほどになる。これが本物の朗読です。
これこそ「朗読」が「ひとり語り」に近づいた姿だと思います。
「朗読」には「ひとり語り」が欠かせない、と申し上げましたが、「ひとり語り」をステージ上でやって見せることだけが、「朗読」の成功例ではありません。
読み込んで、更に何度も読み込んで行くうちに、それが結果的に「ひとり語り」にまで到達する・・・こうなる事が「朗読」の理想の姿でしょう。

「朗読」の中で、「ひとり語り」まで行くと、聴く人に何かを、懸命に訴える力が表面に出てきます。
台本を持たない「ひとり語り」を実践してみて、私もやっと文中に秘められたその伝えたい事が、はじめて分かったような気がするのです。

Behind the Curtain

Posted by 小林大輔 on 20.2018 日記 0 コメントを投稿
朗読がブームと言われています。
確かに奥様方を対象に、朗読教室の生徒募集をいたしますと、あっという間に20名から30名の生徒が集まります。

それを超す場合もありますが、それでは1回だけで、講師である私が生徒全員の朗読する声を聞くことができません。
全員が朗読できないのでは、先生から丁寧な批評の言葉もかけてあげられない事になります。
ですから私は、一教室に上限20名ぐらいの生徒がベストの教室と考えています。

さて、イギリスかアメリカの演劇用語に
「behind the curtain」と言う言葉があります。
カーテンとは、窓際に吊るすカーテンではなく、「カーテン・コール」などと言う舞台の緞帳の事です。

およそ舞台に立つ人は、緞帳が閉まっている時に、カーテンの向こう側で、どんな努力をしたか。
それが問われるのだ、と言うのです。

観客はいつも、緞帳が開いて、出演者が颯爽と舞台に現れて、そこでどんな演技をしたかに目を奪われがちです。
でも、このステージ上で出演者が見せる演技だけではとっくに勝負はついているのです。
問題は「behind the curtain」。緞帳が開く前に、その出演者がどんな努力をしたのかが大切なのです。

そうすると、これは単に演劇用語としてばかりでなく、日常にも使えますね。

さて、朗読で「ひとり語り」こそ「behind the curtain」を実感します。
「ひとり語り」は日常こそたゆまぬ練習です。

しかも緞帳が開いて、いざ本番となる時、あれほどやった日常の自分の努力をおくびにも見せず、ニコヤカに登場するのです。
勿論、台本など持っていません。
これこそ、緊張感のあるプロの姿です。

台本を持たずにステージに立って、はじめて分かりますが、これが本当に難しいのです。不安でなりません。
でもこれで成功すると、台本持参でステージに立つなど、「素人芸」もいいところと、はっきり気づきます。

では、その「ひとり語り」に最も要求されるのは何でしょうか?日頃から繰り返し練習する事でしょうか。
それもありますが、申し上げましょう。
台本を持たずにステージに立つ時の「集中力」です。
この「集中力」こそ、「ひとり語り」の要諦です。
「ひとり語り」を自分でやってみて、はじめてそれが分かります。

「ひとり語り」には、「朗読」とは異なるもう一段上の次元があります。
これこそ「behind the curtain」です。

あなたの朗読も「ひとり語り」に挑戦することをお勧めします。朗読教室の生徒達も、ここまで来ると、しめたものですがね。
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小林大輔の朗読CD

★朗読CD第1弾「山月記」と、
第2弾の「恩讐の彼方に」、
第3弾の「雪女」「耳なし芳一」
「高瀬舟」から、
一部をご紹介します。
それぞれのCDの解説は
下記にあるCDタイトルから
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