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花盛り朗読




ウォークホリック

Posted by 小林大輔 on 25.2020 日記 0 コメントを投稿
歩いていると、ワークホリック(仕事中毒)に似たような、ウォークホリック(歩行中毒)と言うものがあるのではないか・・・私はブログにそう書きました。
確かに歩いていると、人は思わず、物を考える現象が、次第に盛んになってくるような気がするのです。
これは私だけの錯覚でしょうか?

歩くことと、人が物を考える事。
この2つは、常識的には容易に結びつくことではありません。
しかし少なくとも、私の頭の中で考える時に、この2つの事は、人間には不即不離の関係にあるのではないか・・・そう思えてならないのです。
昔の哲学者や発明家は、ほら、鉄腕アトムのお茶の水博士が物を考える時にやっていたように、手を後ろに組んで歩いているでしょう。

例えば昔から句作をする時には、みんなで野山を散策する。そんな事をやるでしょう。
自然を広く観察する事によって、句作りの格好の動機が浮かび、思いがけない名句が生まれたりすることがあります。

物を考えることと、足を使って歩くこと。
これはやはり、何か関係があるように思います。
そうすると、著作者の長尾院長先生が言う通り、歩くこととは、コロナウィルスを撃退するばかりでなく、物を考える事にも役立つのではないでしょうか。
そう言えば現代人は性急に考える事ばかりを要求して、歩くことによって去来するものが自然に浮かんでくることを忘れているような気がします。

そこで、私は歩きながら考えました。
(いえ、どうせ私が考える事なんて、たいした事ではありません)
この所、盛んに「賭けマージャン」と言う言葉が出てまいります。
この言葉が出るようになったのは、例の黒川さんの一件です。

皆さん、考えてみて下さい。
誰がマージャン自体を、ゲームとして純粋に楽しみますか?
マージャンは、金のやり取りがあるからこそ、スリルがあって楽しいし、いくらかの金がかかっているからこそ「マージャンは楽しい!」と大人は言うのではないでしょうか?
「賭けマージャン」と言う言葉自体「馬から落ちて、落馬して・・・」と同じような気がするのです。

かく言う私は、自分の主義として、大学時代からマージャンをやらない人間でした。
しかし私の母は(もう、この世にいないから、恥ずかしながら、バラしますと)父が早世した後の晩年、マージャンが大好きでした。
女ながら賭けマージャンは、相当に楽しんだようです。
だからと言って、人間関係を損なうようなことは、決してありませんでした。
勝っても負けてもキレイなマージャンだったそうです。(母の名誉のためにも言っておきます。)
しかし、母を見ていたから、私は母を反面教師として、マージャンをやらなかったのかもしれません。

こう言った黒川さんにまつわる事を、つい考えてしまうのも、私は歩いている事がきっかけだったのかな・・・と思います。
いえ、私の考える事なんて、しょせん、どうでも良い事に過ぎないんです。高尚なお茶の水博士とはだいぶ違いますね。

自粛して思うこと

Posted by 小林大輔 on 22.2020 日記 0 コメントを投稿
東京都と、その近くの各県は、まだ緊急事態宣言が継続しているようだ。
東京と、通勤などで人の行き来が盛んな神奈川県、埼玉県と千葉県は、まだ解除が出ないという。
その他、もう一つ北海道が残っている。
もう大阪を中心に、京都や兵庫は解除されたと言うのに。

こうしたさ中、賭けマージャンを認めた黒川検事長が、辞意をほのめかしているようだ。
それは当然だろう。
また何て時に、そんなとんでもない事をしたんだろう。
それとも、そうした事が黒川さんの習性だったのか。
国民の最大の関心事は、新型コロナウィルスではなかったか。
黒川検事長と、賭けマージャンが、そもそも結びつかない。
これじゃ、パチンコ店にも、うるさく営業停止を言う事もできない。

そして今年の夏は、高校野球も中止になった。
春の選抜に続いて2度目だ。
高校野球に若い血を燃やしていた若者たちには慰めようもない。

政府から10万円下りると言っていたその申請書が、私の所にも来た。
慎重に記入して(何しろ現金10万円なのだから)同封の郵便で返送したのだけれど、あれで良かったのだろうか?
ニュースで見ると、不備な書類が多くて、係の人はてんてこ舞いだと言う。
我が家は、私と家内二人の老人世帯。世帯主の私が代表して、家内の分も書き入れたつもりだけれど、これで無事家内と合わせて、計20万円が振り込まれるだろうか。
こんな書類は、老齢の私より、家内の方が余程しっかりしていて確実だ。
記入は家内に任せるべきだったかと、ポストに入れた後、後悔している。

そう言えば家内が、
「ほら、せめて家の中にお花があった方が、気持ちが少しは和むでしょう。」
と、この時期お花を絶やさない。
「お花屋さんも、今、大変な時期らしいわよ」と店頭で聞いてきた話を、私に述べる。
そうか、色んな職業の人が新型コロナウィルスのあおりを食っているのだ。
私の朗読イベントが、延期しているばかりでは無いのだ。

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家内のお花

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玄関に飾ってある

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鏡の前

私のウォーキングは順調に続いている。
1日に1万歩を目標に続けている。
歩いていると、ワーカーホリックならず、ウォーキングホリックと言う言葉があるかどうか知らないが、それに陥る事がある。
どう言うのかというと、歩いている事に頭がぼーっとして、陶酔している事がある。
誰かにこの事を聞いてみたい。
1万歩が終わって帰宅すると、この所の暑さで汗びっしょり。ヘロヘロになっている。
毎日1万歩続けて歩くことは、これで大変なことだ。

ところが昔の人は、お伊勢参りに1日10里(40キロ)以上も歩ていたと言う。
本当だろうか?1日に10里以上(40キロ)ですよ。
新聞の何かの欄に、そう書いてあったのを記憶している。
あのワラジを履いてテクテク歩いていた姿を想像すると、私の1万歩(およそ7キロぐらいだろうか)など、たいしたことでは無いと思う。

歩きながら考える

Posted by 小林大輔 on 15.2020 日記 0 コメントを投稿
自粛と称して家にこもっていると、つい色んな事を考えてしまう。
久しぶりに自分のSuicaを見てビックリした。
Suicaが少しも減っていない。
そうか・・・それだけ私は電車に乗っていないんだ。
お勤めで、毎日公共の交通機関を使っている人にとっては、こうは行かないだろう。

私は、毎日、石神井川の遊歩道を歩き、都立・城北中央公園の緑の中を一回りして引き返す。
これが、午前6000歩。午後が4000歩と毎日10000歩を歩くことを目標にしている。
何しろ家の近くにあるフィットネスクラブが、長い事休館になっているものだから、自分で歩く以外に発散する術がない。

午前の6000歩を歩くうち、お気に入りの木陰にベンチがあって、近くにある鉄柵の向こうは、巨木に覆われたスロープ。
下の方では遠くジョギングする人や、ボール遊びに興じる子供たちの歓声が、木々の間から朗らかに聴こえてくる。
ここにたどり着くまでが家を出てから約3000歩。時間にして約30分。
ここで小休止して、私はひとり柔軟体操をやる。

柔軟体操と言っても、自己流の体操。
どこで覚えたか朗読に欠かせない首まわりと背中まわりが中心。
そして何と言っても足・腰を鍛えるスクワット。
この体操が約30分。
これを丁寧にやって、また残り3000歩を歩き始める。

新緑の中を、木漏れ日の日差しを感じながら、さわやかな風を頬に受けて歩いていると、
「ああ、私は何と幸せなんだろう・・・」とつくづく思う。
自分のお金の無い事なども、つい忘れてしまう。

こうして一旦家にたどり着いて、午後のウォーキング4000歩に、また出かける。
今度はストレートに、遊歩道から公園の中を歩くのみ。
これが時間にして約40分弱。
こうして日課の10000歩は完成する。

歩きながら、色んな事を考える。
新型コロナウィルスは、いつまで続くんだろう。
寒くなってから、小休止していた感染が、またぶり返す、なんて事はないだろうか・・・。

このドサクサまぎれに、安倍さんは、なぜ黒川検事長の定年延長をやるんだろう。
世間はコロナウィルスに気を取られて、それどころでは無いと言うのに・・・。

政治の事に通常声を上げない色んな芸能人すら、反対しているのに、政府はこれを一切無視して、強引に進めようとしている。

だいたい黒川弘務さんと言う方が、こうした事に他人事のように黙しているのが、私にはわからない。
黒川さん自身が、法曹界の検事長だと言うじゃないですか。
年端もいかない少年じゃあるまいし。自分の事は自分で決めなさいよ。
「私は、こんなイキサツの中で、定年延長など、望んでいません。拒否します。」と本人がそう言えば済むことなのに。
それとも安倍政権にベッタリならば、それはそれで、この人の生き方がハッキリ分かるのですが・・・。

私は歩きながら、脈絡もなく、色んなことを考える。

歩く楽しみ

Posted by 小林大輔 on 12.2020 日記 0 コメントを投稿
「歩くことこそ、ウィルス感染を未然に防ぐこと」
こう述べるのは、長尾クリニックの院長先生・長尾和宏さんです。
著作にも「歩くだけでウィルス感染に勝てる」と言う積極的な本を出しています。(山と渓谷社・刊)
この事は数日前の私のブログにも書きましたね。

私はもともと、歩くことが好きな人間です。
この本に触発されたのでしょう。その上ちょうど私の朗読イベントが、新型コロナの影響で次々に延期になって、自宅に自粛している事もあり、天気さえ良ければ、朝と昼の2回、私はせっせと歩いています。

私は無理のない範囲で、毎日1万歩歩くこと。
これを目標にしています。
この新たに作った目標は「絶対にクリアするぞ」と自分に誓いを立てました。
1万歩とは、午前と午後の2回に分けて、午前は約6000歩。午後は4000歩を歩こうと、そう決めたのです。

都立・城北中央公園の中を歩くのは、ちょうど公園の大きな樹々が新緑の美しい時期です。
その上やっと暖かくなった自然の風が頬に心地よく感じるし、お天気さえ良ければ自然の光が公園にサンサンと降り注いでいます。
私は歩くことが、こんなに楽しい事だとは知りませんでした。
長尾先生も、ご本の中で「歩くことを楽しみなさい」と、そう言っているのです。
私はサントリーのロコモアのイラストにあるように、腕をL字に曲げ、快活にせっせと歩きます。

公園を歩いて分かるのですが、ジョギングをする人、ウォーキングをする人の、なんと多い事。
若い人たちは、何かのスポーツをやっているのでしょう。
歩いている私なんか、遠慮なく追い越して行きます。
また、中年の婦人も、決して俊敏では無いですが、走る事、歩くことをマイペースでやっています。
もっと年を取った方は、杖にすがったり、場合によってはご主人に(あるいは奥様に)手を取られて、ヨチヨチ歩きながら、それでも懸命に歩いています。
「伴侶の方、えらいなぁ・・・」と私はすれ違いざまに思います。

そう言えば、私の朗読教室にも、奥様を車椅子に乗せて、ご主人が押して通ってくるご夫婦がありました。
私はご主人をほめたものです。と、ご主人は「いや・・・これは若い時の罪償いですよ」と言ったものです。
車椅子に座った奥様も、ニコニコ笑いながら、それを聞き流していました。
このご夫婦に、若い時どんな風景があったのでしょう。
私も老年になった今、そんな事が言えるのでしょうか?

私の家内も、私に触発されたのでしょう。
公園までを歩くようになりました。
しかし私とペースが合わないのか、早起きして一人で歩いています。
そうです、自分のペースで良いのです。
家内に感想を尋ねると「朝は空気が澄んでいて、本当に気分が良いわ。皆さんラジオ体操をやっていたわ。私も加わって、一緒にラジオ体操をやったのよ」
家内はそれでも6000歩は歩いているようです。
ほら、携帯電話にカウントされていますからね。

自粛で家にいて思う事

Posted by 小林大輔 on 05.2020 日記 0 コメントを投稿
自粛と称して、家にいて気が付くことは、男はヒゲを剃ると言う毎朝の行為が、結構負担になっている事です。
毎朝そそくさと家を出て、人に会っている時、ヒゲを剃ると言う行為は、いつもの朝の当たり前の行為として、決して面倒くさいとか、負担になると言うものではありませんでした。
歯を磨く、顔を洗うと同じように、当たり前の動作として行っていたものです。

ところが、一度自粛とか言って、家に居続けてみると、このヒゲを剃ると言う習慣はかなり朝の負担になるし、面倒くさいものです。
ついヒゲを剃らないままでいると、家内に
「あら、あなたそんなにヒゲが濃かったんだ。そうか、今日は人に会わないから、無精髭のままね・・・」
なんてしげしげと顔を見られる。

男性のヒゲにあたるものは、女性ではお化粧、メイクだろう。
そう言えば、私の知人の女性で、ご主人にすら決して素顔を見せなかった・・・と言う人がいます。
その女性は専業主婦だったのだが、ご主人より必ずずっと早く起きて、メイクにいそしみます。
そうした姿は、ご主人には決して見せなかったと言います。
だからそのご主人は、自分の奥さんがどんな顔をしているのか、本当は知らないまま一生を過ごした・・・と言うのです。(ご主人は、もう亡くなっています)

この奥さんは、お風呂に入る時も、メイクは落とさない徹底ぶりだったと言う。
この奥さんは、家内の友人だけど、そう言えば、その奥さんはお風呂はあまり好きではなかったと、家内は言っていた。
その奥様は、ご主人の前では、いつも緊張していたのだろう。確かに折り目正しい人だった。
私の前で、素顔でリラックスしきっているうちの家内とは大違いだ。
そんな緊張感を、うちの家内にも持って欲しいものだと、私は時々思う。

ビジネスマンが、今はテレワークで仕事をすると言う。
それが当たり前だと言う。
さあ、これが私には正直わからない。
私の時代には、会社に行かないで仕事ができるなど、まず無かった。
会社に顔を出すことが、むしろ仕事だった。
時代が進めば、仕事のやり方も違うのだろう。
だから私は時代ずれした人間と言われてもしょうがない。とても今のビジネスには入っていかれない。

テレビを観ていてもわからない事が多い。
なぜ、それが面白いのだろう。
このコマーシャルは何が売りたいんだろうと、思うものがある。
だいたい番組の体裁が昔と随分違う。
例えば、番組のエンディングには、主要なメンバーが打ち揃って締めくくり「では、次週もお目にかかりましょう。さようなら・・・」と言っていたのが、そんな挨拶は、ほんの一部の番組のみ。
ほとんどの番組は、そんな挨拶すら無しで、突然のように次の番組に変わっている。

まぁ、時代が変われば、仕事の仕方や、体裁も変わるのだろう。
私は分かった風に「こう言うのが時代の流れでしょう・・・」と言ってはいるが
「そんな事は、私の時代には無かった・・・」と叫んでみたい心境だ。

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