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花盛り朗読




家内へのサービス・デー

Posted by 小林大輔 on 21.2019 日記 0 コメントを投稿
「私は女の子をもっと持ちたかったわぁ・・・。だって親が年取った時、女の子は、実家の親にも優しくて、思いやりがあるのよ。その点、男の子はダメねぇ。お嫁さんの家べったりだもの・・・。」
家内は、口癖のように自分の本音を私に漏らします。

たぶん私が見るに、今では、子供を持つにはもう遅い年齢のため、そんな女の子有利のえこひいきを、後悔して私に言うのでしょう。

しかし、私共には、もともと女の子も男の子も1人ずついました。

家内は、特に上の娘との親密な心の交流が忘れられないようです。確かに娘は利発な子でした。
女同士には、男にはうかがい知る事の出来ない何かがあるのでしょう。

この娘は、結婚していたのですが、子供が無いまま、若くして突然病気で亡くなったのです。
家内は、娘の死がショックで、すっかり体調を狂わせてしまいました。
娘を亡くしたストレスが原因としか考えられませんでした。

家内はもともと明るい性格ですが、以来体の不調をあちこちに感じるようになったのです。
ストレスから解放されたのは、やっと最近の事でした。
その頃には我々は、もう老境に入っていました。

息子の方はと言うと、孫が一人いますが、これが家内の言う通り、お嫁さんの家べったり。
その孫は、特にお母さん大好き人間。
まあ、当然でしょう。それで良いんです。

ですから、私共夫婦はもう諦めて家内との二人住まい。家内は若くして亡くした娘を思い、冒頭に書いたような発言となるんでしょう。

こうなると、私が妻の楽しみを演出し、それに付き合う以外ありません。
5月は亡くした娘の命日があり、私共夫婦は、必ず娘のお墓参りを欠かしません。
亡き娘を可愛がってくれた、いとこと3人で、18日の土曜日、新緑の所沢霊園に墓参りしました。

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共に墓参りする家内

娘の墓参りの翌日は19日の日曜日。珍しく朗読が空いていたため、家内と二人で、新宿に洋画を見に行きました。

新宿シネマカリテには、名画と評判の高い洋画「RBG」と「ある少年の告白」。この2本を時間をずらして、同じ劇場でやっているのに気が付きました。共に見たい映画です。
そこで、この日は、我々夫婦の映画デーとして、2本続けて拝見しました。

「RGB」は信念の女性の最高裁判事の物語。
女性差別に苦慮するアメリカをドキュメンタリー・タッチで描いています。
2本目の「ある少年の告白」は、洋画通の家内が見たがっていた女優・ニコール・キッドマンが母親役で出演。同性愛に興味のない私には、かなり難解な作品です。

帰りの電車の中は、二人とも、今見た映画を反芻しているのでしょうか、共に無口になりました。

朗読のスタイル

Posted by 小林大輔 on 14.2019 日記 0 コメントを投稿
私はこの所、朗読のスタイルについて、深刻に思い悩んでいます。それは朗読をする人が、舞台に出る時、台本を持って出るか、それとも、台本を持たずに出るか・・・このスタイルの事なんです。

朗読なんだから、台本をもってステージに出て、それを読むのが当たり前と、どなたもおもうでしょう。
やる事が朗読なんだから、台本持参でステージに上がるのは当然と言うかもしれません。
しかしその芸のスタイルこそ、他の芸と比べると何とも安直なスタイルに見えるのです。
オーバーに言うならば、いくら朗読でも、台本を持ってステージに上がるのは、まことに素人っぽいスタイルと言えるのです。

だって、俳優さんや女優さんが、台本を持ってステージに出て、その台本をチラチラ見ながら長いセリフを言うのを、あなたは見たことがありますか?
テレビドラマの中の俳優さん・女優さんだってそうです。
私は仲間にそうした人がいますが、皆さんに聞いてみます。
「そうなんですよ。長いセリフは、もう死に物狂いで覚えていきますよ・・・」舞台裏の苦労を俳優たちはこう言います。

落語や浪曲、講談を語る人が、ネタ本を見ながら語っているのを、あなたは見たことがありますか?
「ネタ本を持たないのが、我々噺家のスタイルなんです。」と寄席の世界の人達は、事も無げにそう言います。それが当たり前と思い込んでいるのです。

歌手が、自分のオリジナル曲を歌うのに、カンニングペーパーか、画面に流れる歌詞を見ながら歌っているのを見たことがありますか?
画面を見ながら歌っているのは、それがどんなにうまくても、素人のカラオケ愛好家に過ぎません。

このようにプロと言われる人たちは、おしなべて、台本を舞台に持参しないのです。

ところが朗読だけが「朗読」のネーミングに隠れて台本を持って出ます。
台本を持って舞台に出る朗読を見ると、プロの人達からは、これはいかにも甘ったれた芸、素人芸としか見られていないのを、朗読をやる人たちはご存知でしょうか?
少なくとも朗読は、本格的な芸とは、プロたちから思われていないのです。

だからある朗読の団体は、「あなたもプロのように、ステージに立てますよ。」これを売り物に素人を煽り立て、インスタントに舞台に上げています。
この団体の欠点は、ステージに上げる前に、厳しい発声の練習や、台本を覚える血のにじむような努力を、組織として、少しも体験させていないのです。

あなたは朗読をやりながら、何本台本を持たずに舞台に上がれる朗読がありますか?
1本でも台本を持たずに舞台へ出る作品を持っていれば、この作品を舞台でやる時にその間や、語り口調、声の質、表情や視線の配り。
こんな初歩に属する事をイヤと言うほど教えられます。これは良い朗読の先生につく以上に貴重な体験です。

朗読の作品は、この所短くなっているとは言え、相当な長文が多いのが通例です。
その全てを記憶しろ、とは言いませんが、短い作品何本かは、どうぞ台本なくスラスラ言えるように記憶する事をお勧めします。

しかし、それが1本でも、決して楽な事ではありません。
そうです、プロとは、そんな努力を陰でしている人の事なんですよ。

城北公園のウォーキング

Posted by 小林大輔 on 07.2019 日記 0 コメントを投稿
5月1日、令和の時代に入って一日目。
ゴールデンウィークの今日は水曜日。生憎とフィットネスクラブが休みの日なので、今日は久しぶりに城北中央公園の木々の間を歩くことにした。

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我が家を出てから、石神井川の遊歩道を15分ほど歩くと、都会には珍しい鬱蒼と茂った公園に行き着く。
ゴールデンウィークのさ中では、木々の間をランニングする僅かな人影しか見かけない。

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私のような老人は、混んだゴールデンウィークに敢えて行楽のために遠出する必要は全くない。
行こうと思えばいつでも行ける毎日が日曜日なのだ。この時期しか行けない親子連れや多忙なサラリーマン家族に優先的に譲る事にして、私共は都会で自粛。
道路や行楽地を混ませないだけでもまだ協力的だろう。

フィットネスクラブが、近くにオープンして約10年。
運動はもっぱらこちらで足りているとの判断から、城北公園のウォーキングは、いつの間にかほとんどやらなくなった。

公園への行き帰りが、共に15分ほど、その上、先方ではうっそうと茂っている緑の中を40分ほどウォーキング。
全行程の1時間余りを、休みなく早足でスタスタ歩き続ける。

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それでも1万歩にはわずかに届かない。
毎日1万歩。これが目標だが、普通に生活していては1万歩とはとても実現できない数字だ。

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老いは姿勢に表れる、とよく言われる。
フィットネスクラブでは、もっぱら水中ウォーキングをすることで老化の典型、背中が丸くなるのを防いでいる。
インストラクターに指導を受けて、背脇を伸ばすように各種の水中ウォーキングを繰り返しているのだが、これが毎日約1時間。
週に少なくとも、3回はフィットネスクラブに行く。
私が少しでも若々しいよ、とお世辞でも言っていただけるなら、この効果かもしれない。

そして特に念入りにやるのが、首周りや背中への運動。
これは発声に欠かせない、首周りや背中を刺激するために欠かせない運動と自分では思っている。
こうする事が、何がしか、私の朗読に貢献しているだろうか。

勝田台の朗読会

Posted by 小林大輔 on 30.2019 日記 0 コメントを投稿
鴨澤武さんはご高齢ながら、それでも以前、私の朗読教室へ生徒として、欠かさず遠方の千葉方面から通っていらっしゃいました。
以前、鴨澤さんは、そちらで朗読会を開催し、私は前に、それを聞きに行った事がありました。
鴨澤さんとはしばらくお付き合いが無かったのですが、この度、私に突然お葉書をくださったのです。

そのお葉書の内容によると「私は95歳になりました。今度行う朗読会が私にはもう最後の朗読会となることでしょう。そこで、最後の朗読を聞きにいらっしゃってください・・・」とのお言葉。

私は山手線・日暮里駅から、私鉄の京成線に乗り換えて、そこから特急で約45分。
船橋を通り過ぎ、勝田台駅で下車、歩いて7分と書いてある勝田台の文化センターまで、鴨澤さんの朗読を聞きに参りました。

ご出席は、この会の責任者 河合菫さんが、まず最初にご出演。
この方も相応のお年の女性です。でも一目見て、何とも優しい雰囲気のある、いいおばさんです。

朗読する作品は、何と!尾崎紅葉の「金色夜叉」。今時こんなノスタルジックな作品が朗読会に登場するのでしょうか。私は意表を突かれました。
しかも、紙芝居用の木の額縁と絵を見せながら、見せ終わった絵の裏側に書いてある文章を、このおばさんは早口で読むのです。
その朗読は、何度もトチリながら、そんなことは一向に気にせず、その方はニコニコ笑って、特にあがる風でもなく、いい雰囲気で朗読します。

“熱海の海岸 散歩する 貫一お宮の二人連れ・・・

挙句の果てに、このおばさん(失礼!)は
「皆さんはご存知でしょうか?金色夜叉には、続編がありましてね、貫一とお宮がその後どうなったのか・・・。続編にはそこまで書いているんですよ。」と、貫一とお宮のその後の顛末まで、このおばさんの解説で知る事となりました。

朗読した作品といい、この方の人柄といい、最近の朗読会にはめったに無い物を、私は感じました。
これこそ朗読会には珍しい気取らない、自然のままの出演者の模範パターンと、私は新発見したものです。

この責任者、河合さんには、私は通常の出演者とは異なる一種の親しみと、たくまない力量すら感じた物でした。これもこの方の持ち味、キャラクターでしょう。

さて、鴨澤武さんの朗読です。
鴨澤さんの作品は夏目漱石の「坊っちゃん」。
坊っちゃんがいよいよ清と別れて、松山へ先生として赴任する(二)から始まります。抜粋です。

鴨澤さんの朗読は、お年とは思えないほどの声量があり、その声は朗々と響きます。
私もこの年で、こんな声にボリュームのある朗読がしたい物と思いました。
お葉書にあるように、これが最後の朗読などとおっしゃらず、その朗々と響くお声がある限り、朗読を続けていただきたい物と思ったものです。
私は提出したアンケートにも、そう書きました。

日本丸の朗読会

Posted by 小林大輔 on 22.2019 日記 0 コメントを投稿
4月の半ばから、東京は急に暖かくなって来ました。
暖かく・・・と言うよりも、暑くなってきた日もあるぐらいです。

4月10日水曜日に、横浜・桜木町の日本丸の研修会議室で行った朗読会は出演していた3人の朗読者の健闘のおかげで無事終わりました。
演出を担当し、また共に出演していた私も、大いに面目をほどこす結果になりました。

振り返れば、あの日は朝からショボショボと冷たい雨の降る日、最悪の日でした。
今から思えば、ほんの10日ほど前だったのに、あの寒さは何だったんだろう・・・。
あの真冬にも無いような悪天候にも関わらず、予約してくれた人達は、分厚いコートと襟巻をして、重装備。傘をさして来てくれました。
皆さんは出演する女性3人の朗読を聞くために、あの雨の中、わざわざ足を運んで繋留してある日本丸の波頭まで聞きに来て下さったのです。

当日、皆さんに充分にお礼が言えなかったぶん、今日で許されるなら、幾重にも、お礼を申し上げたい心境です。
ありがとうございました。

皆さんのおかげで、当日出演していた3人の女性、眞島勝子さん、岸本スミ子さん、佐藤節子さんはかなり自信を深めたようです。
もともと朗読はお上手な3人ですが、朗読会を機会に自信を深めたのでしょう。
朗読会に出演する事は、この事がメリットです。

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私を囲んで、左・眞島さん、私の隣が岸本さん、そして佐藤さんの3人


さて、我が家の庭を見て驚きました。
朗読会に気を奪われているうちに、季節はもうどんどん進んでいるのですね。
あの桜の季節から、いつの間にか新緑の時期に移っています。早いものですねぇ。
春の名残を告げる我が家の遅い八重桜も今が真っ盛り。遅い春を謳歌しています。

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春に先駆け黄色い可憐な花をつけていたサンシュユも、今は新緑。

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サンシュユの緑を手前に、八重桜が遅い春を謳歌しています。

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糸紅葉も、もう柔らかい緑を一斉に芽吹いています。木によってはもう新緑なんですね。

そしてほんの前まで、花をつけていたと思った梅の木は、もう鈴なりに実をつけているのです。まもなく家内は、また忙しくなることでしょう。

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小林大輔の朗読CD

★朗読CD第1弾「山月記」と、
第2弾の「恩讐の彼方に」、
第3弾の「雪女」「耳なし芳一」
「高瀬舟」から、
一部をご紹介します。
それぞれのCDの解説は
下記にあるCDタイトルから
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