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花盛り朗読






藤原佐知子さんの朗読会

Posted by 小林大輔 on 29.2016 日記 1 コメントを投稿
今日3月29日(火)調布の手前、国領まで足を運び、私の朗読仲間、藤原佐知子さんの朗読会を見に行きました。
藤原さんと共に出演している矢内のり子さん。
この方もかねて藤原さんから紹介されており、お二人が今回どんな朗読を見せてくれるか注目しました。

私はやはり朗読好きなんですね。
国領に着くまでの、新宿から乗った京王線の中でも、期待に胸が膨らみます。

今回も会場には藤原さんのご主人がいらっしゃり、開演前に丁寧なご挨拶を頂戴し、私の方が恐縮します。
それにしても藤原さんの朗読会とは、言うならば奥様の晴れの日。その会場にご主人がいて、お客様に次々とご挨拶をなさるなど、藤原佐知子さんは、何てお幸せな方だろうと思います。

今日、藤原さんは、2作品を朗読しました。
彼女の良いところは、2作品とも、暗記するほどかなり読み込んでいることです。
ですから、大半の部分、台本から顔を上げて、お客様の方を向きながら、語りかける表情をたっぷり見せてくれます。
また、作品の進行によって、立つ位置を変え、時に椅子にかけたりして、ポーズを変えます。
ああ・・・彼女は工夫しているな、と私は思いました。

と言うのが、朗読の欠点は動きが無いことです。
場合によっては、ほとんど手元に置いた台本から目を離さず、朗読者によっては一度も顔を上げない。
お客様の方に向くなど、ついぞない、という例もあるくらいです。

動きが全く無い。
お客様に、全く視線を送らない。
こんな芸って、ほかにありますか?
いくら「朗読」だからと言ったって、これは朗読という芸の欠点です。
朗読が素人くさく見えるのは、ここのところです。

それを藤原佐知子さんはよく知っています。
そこを何とか打破しようと、台本から目を離し、視線をお客様に向け、表情を工夫し、動作に変化を持たせているのでしょう。
藤原さんは、さすがベテラン。
朗読の舞台運びを、どう改善しなければならないのかよく理解しています。

では、逆にあえて、今日の朗読会の欠点を述べましょう。
藤原さんの2作目は、宮尾登美子さんの作品「彫り物」でした。
この作品について、私はここで詳細は述べませんが、朗読会でやる作品としてこの作品はふさわしいでしょうか。

素顔は、知的で、良識的で健康的な藤原佐知子さんが選んだ作品にしては、あまりに特異な世界の猟奇的な作品に過ぎたような気がします。
私は事前に藤原さんから、この作品を当日朗読しますと聞いていました。
その時あまり反対しませんでした。ですから私も責任の一端はあり、反省しています。

しかし今日、あの会場で大勢のお客様と一緒に聞いてみますと、この作品は何か場違いな感じがしてならなかったのです。

朗読会に行ってみますと、そこで初めて気付く事柄が必ずあるものです。
だから人の朗読会は、寸暇を惜しんで、足を運んでみるものです。


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弥生の会001
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▶ Comment

私は、藤原さんの朗読上手は十分に知っている。
彼女の朗読は、私にとって憧れの境地で、一つの目標でもある。

それでも、作品選びについて小林先生がお客の立場で聴いて「反省する」ほど難しいものなのだ。

上手く作品を朗読することと、「朗読会」に相応しい作品を上手く朗読することとは、異なるのだ。

「朗読会」は、単に朗読者が端正に綺麗に作品を読むことを披露する場ではないと言えるだろう。

私ごときのレベルの者が言える次元ではないかもしれない。
しかし、私は思う。朗読の勉強、研究には、他者の朗読会にお客として参加してその作品が「朗読会のための作品」として相応しいかどうかの判断力を養うことも必要なことなのだ。

作品選びこそが、小林先生がいつもおっしゃるとおり、朗読会においての一番の要諦であり、最も困難な作業なのだ。

朗読会は興業・エンターテイメントであることを肝に銘じよう。
自分で朗読をすることと、朗読会を開催することは峻別しよう。
2016.03.30 01:15 | URL | 北村嘉孝 #- [edit]

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