花盛り朗読






朗読批判

Posted by 小林大輔 on 18.2016 日記 1 コメントを投稿
「小林さんの日記(ブログ)を拝見していると、相当過激とも思える朗読批判が、時々ありますね・・・。温厚なあなたが何故ですか?」
と聞かれることがあります。

そうです。
私は、「朗読」を、単に金儲けの手段としてしか使っていない個人や団体を見ると、ムシズが走るほど嫌悪感を覚えるのです。
こういう個人や団体が頭から嫌いなのです。

これだけは、私は、歯に衣着せず、自分の思うところを率直に日記(ブログ)に書いて、世間に警鐘を鳴らします。
読む人には、それが批判と見えるのでしょう。

私は、この世の中、金儲けを目指すこと全てを、悪い事とは申しません。日本は自由主義経済なんですから。
しかし、私も70年以上も人生を見てきた人間です。
年の功と言うのでしょうか、もしあなたが金儲けを目指すのなら「朗読」を材料にする事を、私は決しておすすめしません。
もっと効率の良い手段が他にあるでしょう。
しかし、その「朗読」で、何と金儲けを目指している勘違い組の団体が、何とも多いのです。

私は改めて申し上げます。
「朗読」の原点は、ここにあるのだと。
それは、母親が、寝入る我が子に、枕元で、今日あった出来事や、昔話しや民話や、童話や、物語りを、ポツリポツリと自分の肉声で語ってあげる・・・この風景。
これこそ「朗読」の原点と思っています。
この風景こそ、欲得抜きの「慈しみの心」そのものです。
そして、本物の「慈しみの心」は、金儲けのタネにはなりにくいのです。

それでも金儲けの手段に「朗読」を利用するなら、それは、金儲けを目的としていることを、うまく隠して、オブラートに包んで、あくまで擬装した「慈しみの心」を正面に押し出して、世間を欺くしかないのです。

世の中には、あくまで「相手のため」を標榜しながら、その本質は、がめつく儲けたい、という意図が見え見えの団体が多いのです。
朗読好きのあなた。あなたはその犠牲になっていませんか。
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▶ Comment

小林さんは「朗読」をどう定義されますか。私はいつも悩んでいます。
文芸なのか話芸なのか。
聞き手が理解できないような言葉や表現を勝手に書き換えることは許されますか。
暗記してしまって原稿を持たずに読む(?)ことは許されますか。
朗読劇をどうお考えですか(読むこと以外のどういう所作までが許されますか)。
BGMは原文の持つ雰囲気というか感情のようなものを、読むこと以外の方法で聞き手に伝えるものですが許されることでしょうか。
いきなり質問ばかりで申し訳ありませんが、私はずぶの素人でまだ自分の考えがないのです、お許しください。
                  周坊こと生駒周造
2016.05.24 10:54 | URL | 周坊 #- [edit]

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