花盛り朗読




朗読会に向く作品(2)

Posted by 小林大輔 on 01.2018 日記 0 コメントを投稿
朗読会に向く作品(2)          
わざわざ交通費をかけて指定した会場に足を運び
その上入場料を支払って、大勢の観衆に混じって
ステージ上の出し物を見る。聴く・・・・・。
 これは明らかにエンタテイメント、娯楽の場です。


こんな娯楽の場で、どうして難解な「純文学」の朗読を聞かされなければならないのでしょうか。
しかも主催者のご都合でズタズタに短縮した文学作品を・・・・・。
これを楽しめ、とお客様に押しつける方が無理というものです。
聞かされるお客様にとって、この時間は難行・苦行以外の何ものでもありません。楽しいはずがありません。義理あってきた人以外、二度と行かないでしょう。


私は早稲田大学の文学部で学びました。
在学中の4年間、授業でもめったに取り上げない難しい「純文学」の作品。
勉強と思えばこそ、難しい作品に耐えてきたのです。

今、朗読会に出席しているのは、ほとんど年配のおば様方です。
その人たち対して、大学の授業にも出ないような難解な作品を朗読して、おば様達の胸に本当に浸透すると思っているのでしょうか。(ご出席のおば様方、スミマセン)


ステージに立つ者にとっては、ただ立派げな作品を朗読するから、自分も立派げに見てくれるだろう。それねらいとしか思えません。
およそ、自分たちのご都合こそ中心。主役であるはずの観客の好みに視点をおいていない作品の選択です。


このイベントは誰のためのものなんですか。お客様ですか、それとも主催者や朗読者ですか?


私はマスコミとくにテレビで育ちました。
そこで「視聴者が興味を持ってくれない内容なら放送する意味はない」
この事を先輩からきつく言われました。
とりわけ、それが芸能番組なら、「楽しくなければ、テレビじゃない!」と
まで、スタッフは強く習慣づけられました。(だから内容が薄っぺらなる欠
点が無きにしもあらずです。)
それだからこそ、視聴者(お客様は)何を希望しているのか。
いつも先きまわりして、それを提供して来たものです。


朗読会は、このようにお客様を中心に据えて、作品を選べないものでしょうか。
そんな筈はありません。他のどの種のイベントでもお客様の気持ちを第一に尊重しています。お客様第一主義でやっています。



その中で、朗読会だけが、お客様より主催者や朗読する人に重きを置いたイベントに偏重しているのです。
自分は陰に回るのが本当のプロです。


歯に衣着せず申し上げましょう。
現在の朗読イベントこそ、素人芸の典型だと。


落語に「寝床」という一席があるのをご存知でしょう。
朗読会とは、おおむねあれを地で行っています。
いいえ、あれ以下です。



「寝床」は、来てくれるお客のため、一杯飲ませたり、御馳走をふるまったり、お土産まで持たせて帰します。もちろん入場料なんか取りません。
つまり自分の芸の不十分なところは、何とかべつのところでサービスして補おうと努力しているのです。
「寝床」は笑える見当違いをしています。

今の朗読会は、それすらしていませんけれどね。
朗読会と言うならば、お客様を中心に置いた作品を選ぶこと。そして朗読者が、ステージ上のふるまいを工夫して、もっと朗読を充実させること。


こうした改善を図らないことには、いつまでも朗読が素人芸のそしりをまぬがれないし、義理のお客様しか来てくれないものになるのです。

               
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